闇色の光















息が切れ、腕が…足が、重くなっていく。

は己の限界を自覚しながらも、絶え間なく得物を振るっている。

戦の最中、空が突如暗転し…気が付けば『ここ』に居た。

今迄存在していた場所と明らかに違う世界。

闇以外何も存在しない空、病んでいるような土の色…。

そして。

辺りを見回しても…今迄共に戦っていた武人達の姿が全く見えない。



私は、また…

一人に戻った、のか…!?



だが、ここも『戦場』である事には変わりなかった。

ある者の陰謀で…二つの『群雄割拠』の時代が歪み、一つになった不可思議な世界に。

考える間もなく次々に襲い掛かってくる、見たこともない肌色をした『異形の者』。

そいつらに自らの刃を向け、一閃を放ち…斬り倒していくだったが…。

一時の後。

「くっ………」

は遂に、その場に膝を付いた…己の意思に反して。

絶え絶えになる息が疎ましく感じる。

刹那。

背中に更なる殺気が突き刺さった。

はっと息を呑み、後ろを振り返ると…ぎらりと光る刃が今にも頭上に振り下ろされ……



私の命運は…ここで潰え………



………る事はなかった。

自身に迫っていた筈の『異形の者』が、闇色の閃光と共に跡形もなく消え去っていた。

一拍の後、肌に吹き付ける鋭い風圧。

それが何者かによる一撃だと理解したのは…暴風が凪ぎ、砂埃がはれた後だった。










『敵』が消え、視界が広がることによって露になった一撃の主。

その馬上の戦人(いくさびと)が血糊の付いた得物をぶん、と一振りした。

と、同時にそれから瘴気を放ち、膝を付くの姿を見下ろしながら軽く鼻を鳴らす。

「ふ…。 ここにも業を背負う者が一人…」

「業…?」

呟くように言葉を零し、は戦人と視線を絡めた。



この人と…似たような人物を、私は知っている。







三国が鎬を削る、群雄割拠の時代の最中…彼女は傭兵として名を馳せていた。

金品さえあれば、何処へでも赴く…傭兵。

幼い頃から鍛え上げられた己の武勇がこのような形で活かされるとは、自身も思ってもいなかったが。

彼女は後悔などしていなかった。

そして…世界が歪まれる前は魏という国に雇われ、君主である曹操の下でその武を如何なく発揮していた。







目の前の男は…。

あの君主に…何処となく似ている。

雰囲気、というのだろうか…。

闇を背に、雄々しくを見つめる彼の佇まいが、かつて自分を配下として使っていた男を彷彿させる。

しかし。

は眼前で悠然と構える男に、かの君主とは違う空気を感じた。

彼が纏うは禍々しくも神々しい闇色の光。

黒鎧を身に付けたその姿は、辺りに広がる闇をも取り込んでしまうように見える。

深く、そして黒い…闇を湛えた光。

その光に、は何時の間にか心を奪われていた。










一時、対峙する二人は動かずに互いの瞳の奥底を探るように視線を合わせていた。

その均衡を破るは男の言葉。

馬の鼻先を変え、に背中を向けながら言い放つ。

「生きよ。 うぬが現(うつつ)にその身を委ね、業を重ねるがよい」

「業、とは…? 私はそんな言葉、聴いた事がない」

切れかけた息を整えながらが男の背中に返した。

少なくとも私の居た世界…三国の世ではそのような言葉を用いる人は居なかった、と。

刹那。

男は再び手綱を引き、と正面をきって対峙すると

「うぬは業を知らぬか。 ならばうぬの業、この信長が見極めよう…ぞ」

くく、と喉の奥から笑い声を洩らした。



私の、業…?



は、己を『信長』と呼ぶこの男の言う意味を理解しようと思案する。

が、異界の者の言葉が簡単に理解出来るわけもなく…疑問が空を彷徨うばかりだった。

更にはこの理解不能な世界に…己以外の物に興味を示す自分自身。

己の損得よりも馬上に居る闇色の光を持つ男に心を動かされている事が信じられない。

それでも…決して逸らす事の出来ない視線。

前で膝を付く自分が…進んで自ら跪き、彼が纏う『闇』に吸い込まれていくような錯覚に陥る。



漆黒の鎧と瘴気に包まれたその奥が…見たい。



の心が、次第に一つの欲求に収束していった。

しかし…。

そんな自分にいまいち解せない気持ちも相まってか、口にする言葉は実に遠回しだった。





「貴方と共に往くのが、私にとっての得になるのなら…行くわ。

但し…私はただの傭兵。

貴方にとっては何の得にもならないかも知れないわよ?」





その言葉を聞いて、信長が先程より高く喉を鳴らして笑い出す。

そして、「何よ…」と睨むの瞳を見透かすように一瞥すると。

瘴気を放つ剣を鞘に収め、その手をに差し伸べながら言葉を放った。





「大将が傭兵を雇うに逡巡する道理はあるまい?

この『魔王』信長、使えるものは神とて使う。

立つがよい、傭兵。

うぬの力が必要…ぞ」





全身が漆黒に包まれた男から差し伸べられた手。

は殆ど反射的にそれを我が手に掴んだ。

自らを『魔王』とのたまうこの男…。

私が思うよりずっと高みを、先を見ている…。

この男の傍に居れば、彼の言う『業』というものが見えるかも知れない………。

自身の心に軽い戦慄と高揚感を覚える。

これが必要とされるという事なのだろう、と。

しかし、それを素直に認めたくない気持ちが心の中に居た。

初めて…心で動く『一人の武人』としての自分。

その心の欠片を信長に見せないようにきゅっと唇を噛み締めて。

己の中の精一杯な強がりを…吐き捨てるように、云った。





「傭兵じゃないわ…よ、名だけは覚えておいて。



…言っておくけど。

私、貴方の為に戦うんじゃないから。

ただ…変わった人に…貴方に付いて行ってみようかな、って。

気まぐれに、思っただけよ」















遠呂智という人物によって…違う空間にあった二つの世界が一つになった。

この摩訶不思議な世界で、先の時代の異国にてその名を轟かせるこの男と出逢った。



傭兵である事に何も躊躇いのなかった彼女が。

初めて心を動かした………『魔王』信長。



彼の持つ『闇色の光』。

その正体を掴むのは、至難の業だろう………。

共に戦い、瘴気を振るう男の背中を護りながら。

そう、は思った。















劇終。










アトガキ


企画サイトに捧げる…管理人による夢第2弾です。

今回はOROCHI設定初挑戦☆
しかも戦国の武将さんをお相手にするのも初!
初物尽くしでございます、はい。
(やはりチャレンジャー)

お相手はゴム長信長さん。
いやいや…キャラが濃すぎるので苦戦いたしました。
…私の能力の限界を感じた一品に… orz
闇と光。 そして禍々しさと神々しさ。
彼にはその相反した面が同居してますよね。
管理人、単にそれを書きたかっただけかも…(汗


少しでも楽しんでいただけたら幸いですw
ここまで読んでいただき、ホントにありがとうございました!



2007.7.17     作者:安土 焔@管理人

使用お題『●● 光』。
(「形容詞、動詞がベスト?なお題」より)


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