あなたは嫌い…だから好き。










 ドタドタとうるさい、足音。
 これが誰のものかは、簡単に予想がついた。むしろ、解からない、知らない。と言えたらどんなに楽か。
 筆を止め、その人物が入ってくるであろう場所…窓辺へと目を向けた。
 「いよっと! …ってアレ? りっくん居たんだ。」
 「ここは私の部屋なんですが? なんで貴方が毎日のように窓から侵入して来るんですか。」
 あはははー、と間延びした笑いをこぼして、我が物顔で部屋に入ってくる。それに慣れてしまった今でも、このまま放置するわけにはいかない。ここは仮にも上司の部屋なのだから、それなりの態度というものがあるはずだ。勝手に、しかも窓から入ってきた時点で手遅れだとおもうが。
 「で? 今日はなんの用件ですか。」
 「それはね、……なんだったっけ。」
 「燃やしますよ?」
 にっこりと笑って言ってやる。他の人とは違ってこれで怯えないことが気に食わない。
 彼女はいつもそうだ。感受性豊かなように見えて、その実なにもわかっていない。解かろうとしない。
 なぜだろう、この人と話していると。いや、同じ部屋にいるというだけで…
















 ―――――壊したくなる。


 「あ! そうそう、甘寧チャンが呼んでたんだった。急いでたみたいだし、こんな所で油売ってないでさっさと行きやがれ。」
 「それが上司に対する言葉ですか!」
 イライラする、煮え切らない想いがうずく。
 もう二度と顔を会わすことのないように、そうできる、そうしてもいいのに。





           *





 「よう! 陸遜」
 「なにがよう、ですか。居場所くらい教えておいてください。」
 通路の真ん中で、一見和やかな会話が交わされた。散々探し回ってやっと見つけたというのに、この男の態度はなんだろうか。さっきまでの苛立ちとあいまって、今すぐにでも消し屑にしてやりたい衝動にかられる。今度の計略は火計にしよう。よし、決定。
 「あぁ、わりぃわりぃ。いや〜、こっちも急いでたもんでな。」
 「それで、用件は?」
 出来るだけ早く終らせてしまわないと、まだ仕事が山積みだ。
 つまらない用ならさっさと帰ろう…あの人がまだ部屋に居たら追い出さないと。
 考えをめぐらしていた私に、バ甘寧…もとい、甘寧はこんな事を言ってきた。
 「あのさ…お前、…えっと、あいつの事どう思ってる?」
 「仕事面はいたって優秀ですが、生活面に問題があります。」
 速答すると、そ〜いうことじゃねえよ。と、頭を掻きながら甘寧に言われた。
 そうじゃないならどうなんだ。言い返そうとする言葉は甘寧にさえぎられた。
 「部下としてじゃなく、女としてだ!」
 「嫌いです。」
 「ええぇぇぇぇぇぇ!? 信じらんねえ!!」
 信じられないのは私のほうなんですが。
 「あいつ、変な所あるけど結構顔好いし、しかもまだ誰にも手ェつけられてねぇんだぜ!? お前のこと考えて今まで黙ってたのは何だったんだよ!!」
 「嫌いです。どんなに好条件でも。」
 好条件とも思えないけど。嫌いだ。
 甘寧は腑に落ちないような顔をしている。こういう輩は何を言っても無駄だ。さっさと帰るとしようか。あぁ、無意味な時間を過ごしてしまった。

 「もう失礼しますよ。あぁ、それと、アレに手を出したら許しませんから。」
 「へ? 嫌いなんじゃないのかよ!」
 嫌いですよ。相性というものは計らずもあるものだから。でも


 「嫌いだから、幸せになんてしてあげないんです。」
 ずっと自分の手の中で弄んでやる。決して幸福になんてさせない。これがどんな感情かは知っている、それでもどうしようの無い気持ちは止められない。

 嫌悪、憎悪…そんな生易しいものだったなら。
 「燃え尽きて…終らせる。」
 後ろから、甘寧の怯えた声が聞こえたような気がしたが無視した。





           *





 「…なんで貴方がまだ居るんです?」
 「いや、ヒマだったんで。」
 部屋の真ん中。床の上で、なにかを紙に描いて遊んでいる様子の彼女がいた。何を描いているかはみえないが。
 腹立たしい。
 さっきまでこいつの話をしていたぶんイライラが溜まっているのがわかる。
 「甘寧チャンとなに話してたの? あ、仕事関係なら言わなくていいよ。」
 「仕事じゃありませんがどうでもいい事です。」
 「そっか。」
 「ええ。」
 仕事に取り掛かろうと席に着いた。静寂が部屋を包む。
 なんで喋らない、いつもならうるさいと怒るまで話し掛けてくるのに。
 「…なにを描いてるんです?」
 「………。」
 今日はいつもと違う、いつもなら話し掛けるとそれこそ馬鹿みたいに騒ぎ出すのに。
 気分が悪い。騒がれるのも嫌だが、妙に静かなのも気持ち悪い。
 「……ちょっと、どうかしたんですか。」
 「できた!」
 彼女らしい満面の笑顔。手に持っているのは、先ほどから描いていた紙。
 そこに描かれているのは…
 「…私……ですか…?」
 仕事中の彼の姿。
 それなりに絵心があることは知っていた。だからなにか描いていても不思議ではない。そう思い、放って置いた。だが…
 私を描くなんて…。
 「なんで…私を…?」
 「いや…。描いて…みたいじゃん。その〜…」
 うっすらと頬を赤らめる。そのさきに何を言おうとしているのかはわかる。今までも言おうとして、決して聞き入れることの無い言葉。
 聞き入れたら、どんなに楽だっただろう。
 「……もう、いいです。」
 「あはは、そうだよね。りっくんあたしの事嫌いだもん。」
 にこにこと、笑っている。
 どんなに酷い仕打ちをしても、すべて悟ったかのように。
 意味が無いんだ。彼女の言葉を受け入れたら、今まで私のしてきたこと全て……!


 「ごめんね、りっくん。」
 「…なんで…!!」
 ガタンッ
 「何で! 貴方があやまるんだ!! 貴方を突き放したのは私なのに! 貴方は何故わらっていられる!! 辛いとは思わないのか!? 私が憎いとはおもわないのか!!! なんで貴方は……!!」
 ドンッ!!
 壁を殴った。冷静になれ、落ち着け。
 苛立ち。違う、憎んでなんかいない。私はそうじゃないんだ……ただ…。

 私は―――――――














 「…意味が無いじゃないか…。貴方が此処に居たら…!」
 名を聞く事のないようにしたのも、わざと辛くあたったのも……全部…

 「貴方を守りたかったのに………」

 自分の傍に居たらきっと私は貴方を苦しめる。貴方を束縛してしまう。……壊してしまう。
 それだけは嫌だった。だからわざと離れるようにしたのに……なのに!








 「それでもあたしの気持ちは変わらなかったから。」
 淡々とした声。彼女からは想像もつかないような、感情など感じない。


 「あたしはあなたの事が好きだよ。あなたのもとに居られるならどうなってもいい。…それにあたし、簡単に壊れないから。」

 いつもと違う、大人びた笑みをうかべて。













 「…で、りっくんあたしの事好きだったんだね。」
 「え、あっ、それは…!」
 「隠さない、隠さない。ほら、言ってみてよ。」
 さっきとは打って変わった態度。私の悩みは…何だったというんだ。

 「私は…」
 「ん? なに?」
 耳をかたむけて、大げさに訊いて来る。


 こんな人




 こんな人っ!!







 「貴方なんか大っ嫌いですっ!!!」










執筆者 : 神無月の絵空事。様

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