[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。






―――  結構、限界。  ―――






 たとえば、好きな人と喧嘩をしたとして。
 普通、人はどうやって、相手と仲直りしようとするだろうか。
 言い過ぎた、ごめん、許して欲しい、と、そういう気持ちを伝えるやり方は、今までの私にしてみれば、とても安易でお手軽だった。
 携帯で、メールのひとつでも打てば簡単だ。話のとっかかりは実にたやすく、チープに手に入る。
 今まで私は、付き合ってきた彼氏に対しては、まずはそうやって関係の修復に務めてきた。
 『ゴメンねm(≧□≦)mほんまに反省してる…(ノД`)』
 こんな風に、考えつく、ありとあらゆる絵文字で伝えたい気持ちにありったけ、飾りを付けて。
 しかし。
 ……千八百年も昔の時代に生きていた男に、絵文字で伝わるキモチ、というものが、果たしてどれくらい、あるだろうか。



 私がこの呉、と呼ばれる国に来て、もうどれくらい経ったのか。
 すごく長い時間ここで暮らしているような気がするし、その反面、実は数日だけしか滞在していないのかもしれない。ちょっと、時間の感覚が狂っているような気もする。
 突然現れた、得体の知れない人間である私を見て、ここの人達は最初、滑稽なくらい驚いて、警戒していた。
 当たり前だろう。いきなりパジャマ姿で、手にはたこ焼き持ったまま、あーん、と大口を開けた妙な女が、白熱した議論の場に突如現れたのだから。
 槍とか、刀とか、その他見た事もないような諸々の武器を突きつけられても、私が手にしていたものはたこ焼きに突き刺さっていた爪楊枝しかなく。
 ……食う?
 人間って、パニックに陥り過ぎると、後から考えても不思議とへんてこりんな事しかしないらしい。
 一番目の前で、少しでも動いたら脳天叩き割るけど、というような風情で私にヌンチャクみたいな武器を構えていた男のひとに、私はそう言っていた。たこ焼きを差し出しつつ。
 『これ、めっちゃウマイで?騙されたと思って、食べてみいひん?』 
 目をまん丸くして。
 ぽかん、と私を見て。
 そのひとは、一瞬後、天を仰いで大笑いを始めた。
 それがそのひと―――凌統と私のファーストコンタクトだった。



 今日は、何だか、どこかに戦いに行っていた人達が凱旋をしてきたらしく。
 お城の中は、宴の準備とやらで蜂の巣を突いたような騒ぎだった。
 (…あかん。なんか疎外感、感じるわ……)
 この時代に生まれ育っていない私は、何かを手伝おうとしても邪魔になるだけだ。
 なので、ちょっぴりヨソ者感覚を覚えつつ、部屋に戻ろうと廊下を歩いていた時だった。
 向こうから、華やかな女の人達の笑い声が聞こえてきた、と思ったら。
 (あ)
 私は、綺麗な女の人達を鈴なりに従わせつつ歩いてきた凌統と、ばったり、鉢合わせした。
 「よう。美波」
 右手には、肩を抱き。
 左手には、腰を抱き。
 凌統は、にやん、と私を見て笑った。
 「元気そうじゃないか美波。相変わらず」
 「……まあな」
 私はぶっそりと、そう吐き捨ててその横を通り過ぎようとした。
 なんやねん、クスクス笑いやがってそこの女。そんなに見せつけて、得意になりたいのか、優越感にどっぷりと?あぁん?
 その時。
 かさり、と、私のジーンズの後ろのポケットが、音を立てた。
 (え?なに?)
 確認しようと立ち止まった私は、そのまま、じゃあねと言わんばかりに手を上げて、ぞろぞろ、金魚のフン状態の女の子連中と一緒になって立ち去っていく彼の後ろ姿を見送る羽目になった。
 (……移動式ハーレム搭載してんのかアンタは)
 むっつりと心の中で文句を垂れ、ポケットを探り、そこに私は一片の紙切れが丸まっているのを発見した。
 今夜十一時に、東の中庭を背にして右から二番目の部屋に来い。
 ぶっきらぼうな口調そのままの、彼からの伝言だった。



 口論のきっかけが何だったのか、未だにはっきりと私には説明する事は出来ない。
 本当に些細な、くだらない発端だったのだろう。
 だけど、ここまでこじれてしまった咎は、私に、あった。
 大体、ねじくれた関係を修復する為の手法が、私と凌統とでは、天と地程の差異があった。
 面倒な事をするんだな。
 私が、そういう時は携帯を使ってちゃちゃっとごめんねメール送るんや、と言った時、すぐ隣で腹這いになった恰好で彼は、そんなもの使わなくても、言葉で言えばいい、と素っ気なく返して寄越した。
 『どうして謝るのにそんな道具なんか使うんだよ。直接言えばいいだろ。意味が分からない』
 『何でやねん。それが出来ひんから、ケータイ使うんやんか』
 『回りくどい。自分の気持ちを伝えるのにそんな下らない代物なんか。口があるだろ?おまえの口は飾りなわけ?』
 日本人はシャイやねん、とふて腐れると、しゃいってなんだ、と真顔で訊いてきた凌統は、すぐさまにやりとして、私を抱き伏せたのだった。
 ま、口は言葉を出すだけの『道具』じゃないけどね、とか何とか言って。
 ………あかん。
 余計な事まで思い出した。
 あの時のキスの熱まで思い出しそうになって、私は焦ってそれを頭から消して、現場に急行した。
 なんだかじゃれ合うような、気の置けない友達みたいな関係で、気が付いたら、他人様にあまり言えないような事をするような間柄になってしまった。
 なのにどうして、こんなに長引くような諍いを彼としてしまったのか。
 (…ケンカの原因、って、なんやったっけ)
 ええと、東の中庭を背にしてー、と呟きつつ、私は、最後に凌統と会った夜の事を反芻してみた。
 いつもみたいに、その、イロイロあれこれして、で、妙にリラックスしていて、二人で他愛のない事を話していた…筈なんだけど、そのうち急に向こうが機嫌を悪くしてきて、それで。
 私は、足を止めた。
 あの時、私は言ってはいけない事を、言ってしまったのだった。
 やっぱり、現代の男の方がええわ。
 この時代の男なんて、ロクでもない!
 そんな言葉を投げてしまった……いや、もっと酷い事も言ってしまったような気もする。
 あの時の相手の形相は、今思い出しただけでも背中が冷たくなるような感じだった。
 言い争いの後、あんな事言わなきゃ良かった、しなきゃ良かった、と反省した私だった。本当に、あの時の凌統は、何と言うか、ものすごく、見る者の心底までをも凍らせるような表情をしていたのだ。
 じゃあ、帰れば?
 沈黙の後、凌統が言った言葉はそれだけだった。
 それだけ言って、上着を引っかけて出て行って。
 ―――それっきり。
 それっきり、彼は戦に出掛けていって。
 私は、唇をかんで、それでも必死になって部屋を探していた。焦れば焦る程、目的の部屋が見付からない。
 何度、謝りたいと思っただろう。
 仲直りしたい、謝りたい、許して欲しいと言いたいと願っただろう。
 だけど、ここは携帯もパソコンもなくて、テレビもラジオもなくて、本屋もコンビニもなくて―――
 どうしていいか、分からなかった。
 どうやってキモチを伝えて良いのか、分からなかった。
 それに、戦争に行っている人を待つ、という体験も初めてで、耐えられないくらいしんどくて、アイツ死んじゃったらどないしよう、怪我とかしてへんかな、と思いを馳せるだけでも泣きたくなって。
 気持ちを伝える為に、口があるんだろ?
 凌統はいつもそうやって笑っていた。
 けど。
 私、自分の気持ちなんて、うまく言えへん。
 口でなんか、よう言わん。
 メールでだったらいくらでも、それこそ絵文字乱打で伝えられるのに。
 その時、私は、とある部屋の中から、何かを耳に留めて立ち止まった。
 どうやら、中に人がいるらしかった。
 あ、ここか。
 ほっとして、扉に手を掛けた私は、中から、女の人の喘ぎが聞こえてきたので、固まってしまった。
 「あっ……は、ぅんっ、ああっ…凌統様……っ!」
 (………あのクソボケが……!)
 それまでの乙女ちっくモードを粉砕し、私はふるふると拳をふるわせた。
 あいつ。
 今真っ最中ちゃうんか。
 こんなもん見させる為に、聞かせる為に、私を呼んだんか。
 そう思う端から、仕方ないかもな、というむなしい声が自分の中からしてきて、膝から力が抜けていく。
 あんな事を言った自分が悪いんちゃうか。
 心にもないような事を、感情的に口走った自分のせい、ちゃうんか?
 自分の馴染んだ世界の男が良い、その言葉はタブーだった。たとえ、セフレみたいな関係だとしても、肌を合わせてきた相手への基本的な、最低限のルールさえ守れなかった私のせいちゃうんか?
 (………自業自得、っちゅーやつやな)
 やっぱ、『向こう』に帰る手段、考えんとあかんかもな。
 そう思い、涙目になってその場を後にしようとした私は、その時、凌統が、駄目だ、と言うのを聞いて足を止めた。
 「駄目。やっぱ」
 俺、アンタじゃ駄目みたい。
 どこか、笑いを含んだ声で、凌統はそう言った。
 「りょ、凌統様?」
 「ああ、駄目駄目。おしまい。俺、どうもアイツじゃないとソノ気になれなくなっちまったみたいでさ。悪いね」
 「そっ…!それは!ど、ど、どこの…!誰なのですか?!わたくしの知っている者ですのっ?!」
 どこの女官ですか、とキンキン声で訊いてきた彼女に、凌統は女官じゃないよ、と笑った様子だった。
 「しゃいなヤツ」
 「はっ?!」
 「俺がこうしたかったのは、アンタじゃなくて、謝るのに道具使わなきゃならないような、そんな情けないヤツだよ」
 私は、ぎゅっ、とジーンズのお尻部分を握りしめた。
 そうしてみると、自分の手が、まるで借り物みたいに汗で湿っていて、震えているのが分かった。
 「アンタみたいな美人とだったら、アイツじゃなくても大丈夫かと思ってたんだけど。意外と俺、一途だったみたいなんだよね……」
 ああ。
 そうか。
 口、って、こういう使い方をするんや。
 メールも良いけど、口で、言葉で意志を伝えるって、こんなに、めっちゃ、ええもんなんや。
 そういうわけで悪いけど、と凌統が言っているそばから、弾丸みたいに一人の女の人が部屋から飛び出してきた。
 私がその場に立ち尽くしていたのにもお構いなしに走り去っていった彼女を見送り、私はずるずるとその場にへたり込んだ。
 すると。
 ふわり、と空気が揺れるのが分かった。それと一緒になって、彼の匂いも鼻腔に感じられた。
 「遅い、っつーの」
 ぺこん、と頭をはたかれ、私は顔を上げて凌統を睨み上げた。
 「この……根性悪!」
 せっかくソノ気になっていたのに、あんな事を言われたら、女としてのプライドはズタボロだろう。
 あの彼女、男性不信になってしまうかもしれない。そう思って、アンタは女の敵や、と決めつけると、凌統は不本意そうに誰がだよ、とむくれ、でもすぐにいつもの人を食った笑みを見せて私の手を引っ張って立たせる。
 「おまえを待ってたら、向こうが勝手に付いてきちまったんだよ。早くに来ないおまえが悪いんだ、美波」
 「わ、わた、私のせいなんか!」
 私は喚いていた。
 もっと、ちゃんと気持ちを伝えたいと思っているのに。
 まずは謝らなあかんやろ、と思うのに。
 いざこうなってみると、どうしていいか、分からなくて。
 メールは片手で、しかも速攻で目を閉じてても打てるのに。
 本当にもう、どうしていいか分からなくて。
 「……しょうがないよな」
 口をぱくぱくさせている私の身体を、あやすかのように抱いたまま軽く揺さぶって、凌統はくすり、と笑った。
 「美波は『しゃい』だからな。自分の気持ちを言うのに、道具に頼っちまうような弱虫だもんな。なあ?」
 「ケッ、ケンカ売ってるんか、あぁ?!」
 そう叫んだ私の唇に、凌統は指を当てた。
 「もう、喧嘩は充分だよ」
 「そっ」
 「俺はもういい。喧嘩は終わりにしたい。前みたいにおまえに触りたい。おまえとしたい……美波は?」
 「う…」
 きちんと、言える時は言わないと、口が腐っちまうぞ。
 そう言う凌統は、その時ひどく、真面目な顔をした。
 いつも、ふざけたバカだと思っているのに、そうされると、私はそんな彼から目が離せない。
 いや、離したくない。そう思ってしまう。
 「……ごめん」
 私は、ぽそんとやっとの思いで言った。
 「ごめん。ごめん、凌統」
 「…何が?」
 「その…こ、ないだ…あんな事言って……ごめん、ほんまに」
 「本当にそう思うか?」
 「思うよ…」
 「元の世界の…元いた世界の男の方が、良い?」
 「……だから…ごめん、って」
 美波。
 人間は、道具じゃ、想いは伝えきれないんだよ。
 静かに凌統は言った。
 「本当に大事な気持ちは……自分自身で伝えるべきだ、美波。そうじゃないと、生きている意味も価値もない」
 「う…ん、分かってる、分かってるけど」
 どうしても、私はその一言が言えない。
 好き。 
 傍にいたい。
 たったそれだけ、指で操るのであれば、三秒ぐらいで足りるその言葉達が、どうしても口から出てくれない…。
 まったく、しょうがないなあと凌統は呆れたように声を出すと、私を薄暗い部屋の中に引きずり込んだ。
 「な、何すんねん!」
 「美波、言葉で言えないんだろ?だったら」
 カラダ、で言わせるしかないって事だろ?そう言うやいなや、凌統は私の唇に自分のそれを素早く、押しつけてきた。
 一瞬息が苦しくなって、はっ、と空気を求めて生理的に開いた口中を見計らったかのように、ぬるんと舌が入ってきた。
 先でくすぐるように動いたかと思うと、喉の奥にまで侵入してきて、私はその舌の狡猾さにどうする事も出来ず、思わず凌統にしがみつく。
 「美波」
 彼は私の身体を壁に押しつけた。顔を離し、右手でジーンズのベルトを外す。何度かそうしているから、慣れたものだ。
 「う…あ!」
 声を上げてしまったのは、いきなり、凌統が私を両手で壁に縫い止めたまま、器用に足を使ってボタンがはずれてしまっていたジーンズを、引き摺り下ろしたからだった。下着まで従順にそれに付いていってしまったので、下半身すっぽんぽん状態である。
 うわあ、驚くやんか。コイツいつの間にこんな芸当を?
 そう訊こうとしたんだけど、凌統の指先が、私の割れ目に添うように、丁寧に触れてきたので、今度こそ、『驚いた』。
 「…なあ、美波」
 「なっんやね…んっ!あか…あかん、って!」
 「俺のいない間……自分で、した?」
 しとらんわボケ!
 そう唸ると、凌統はとても残念そうに、俺はしたんだけど、と言ってきた。参った。
 「おまえとするの、頭の中で想像して……自分で、した」
 「いっ…嫌や、そんな…!」
 「もうたまんなくて、さ……おまえの声とか……おまえの顔とか……おまえのナカ、とか想像して…」
 そういうの、結構きついんだぜ、と言う凌統の声も、ちょっと、息が上がっていた。
 「…入っていい?」
 訊くな、とは思ったけれど。私も、尋常ではないくらい気分が盛り上がっていて。
 こくり、と凌統の喉が鳴るのを聞くだけでも興奮して、昂ぶっていた。
 「俺、今日、あんまし保たないかも知れない」
 何せ久し振りだから、と最低な事を言いつつ取り出したそれは、凌統の言葉通り、固く猛って先端から透明な滴が滲んでいて苦しそうだった。
 「ホントは…いつもみたいに……最初は口でして欲しいんだけど。そうされたらすぐイッちまう」
 「イけ、一人で勝手に」
 「また。おまえだってナカに欲しいんだろ?」
 「最低、アンタほんまに。大阪湾に沈めたる」
 そういう憎まれ口は、ぽんぽんとよく出るんだよな。
 どこか感心したようにぼやいて、凌統は私の右脚を腕に引っかけた。



 ごめん。許して。
 あれは、ほんの出来心。本音ちゃうよ。
 今まで、そういう思いを指先ひとつで電波に乗せ、ちゃちゃっと送っていた私だったけれど。
 今は、それこそ全身を使って感情を伝えている。
 今まさに、相手の熱に煽られて、揺さぶられて、声を上げて。
 相手の声、息、汗に浸食されて。
 湿った肉と肉がぶつかり合う、そんな音を聞きながら。
 お互いの熱を感じながら。
 ああ。
 美波。
 俺、もう、限界かも。
 そんな凌統の上擦り声を聞き、私も彼にしがみつき、ゆっくりと、ゆっくりと墜ちていった。
 溢れんばかりのキモチが、まるで暴風雨のように全身を駆けめぐっているのを感じながら。





< FIN >





* 執筆者……『二枚舌』 新城まや様 *
* 素材元様…… Survive様 *





*** あとがき ***


 「無双夢祭典 ふらりふらり。」 からお題をお借りし、書かせて頂いた凌統×現代の女の子、という話でした。
 この、「結構、限界。」というお題を拝見した瞬間、私の頭の中には凌統しか思いつきませんでした。何故か。
 無双キャラの中で、一番色気のある声を出す御方だ、と思っていたので、こういう言葉を言わせたら天下一品だろうな、という、まあ、相変わらずな妄想です。
 こういう夢小説の中で、現代の女子を書くのは久し振りで(山田以来)ちょっとカンが狂いました。
 しかも関西弁……おそらく、苦手な方は苦手だと思います。すみません。(しかも微妙に顔文字がよく分かっていないので…簡単なヤツ→(^^)ならたまに使うんですけど、普段馴染みがないのであの文面にはアレで良かったのかとか悩む事小一時間)
 別に、方言に固執している訳ではないのですが、たまにこういう、標準語じゃない言葉を喋る女の子も出しても面白いかな、と思っただけで。

 自分の気持ちを伝えるのに、メールを使うのが悪いとか、そういう事をここで論じるつもりはありません。ですがやはり、生身の身体から出てくる言葉、で想いを伝えるという行為は、やっぱり、好きだなあと思ったりもします。
 以上、どうでもいい呟きでした。

 少しでも、読んで下さった方が楽しんで下さる事を祈りつつ。
 そして、いつもお世話になっている飛鳥さんに感謝をこめて。
  07/09/08 (Sat) 新城まや 拝