『想う、心』 おまけ。





「本当にありがとうございました、春香さん」
深々と頭を下げる瑛杏と葉籃に、がにっこりと笑う。
「いいのよ。わたしはやらなければと思ったことを実行しただけですから」
隣で凌統が、妙な顔をしているのは無視だ。
「ご両親が、お二人の無事な姿を、首を長くして待っていらっしゃるはず。呉軍の方がついているのだから、大丈夫だとは思うけれど、気をつけてお行きなさいね」
それぞれに一伍が護衛についている。彼女たちを確実に家まで送り届けるのが、彼らに与えられた任務だ。はい、と頷いた娘たちが見えなくなるまで見送ったは、口元に貼り付けていた笑顔を、意地の悪いものに変えた。
「どうなさいました、凌将軍?」
「そういう喋り方は違和感あるから、俺の前ではやめて欲しいんだケド」
切実に。げんなりと言う凌統とは対照的に、は楽しそうだ。
「まぁ。そのような、とは、どのような喋り方でしょう?」
サン……」
「しばし、我慢なさりませ。一度始めてしまったお芝居は……わかった、わかった。そんな不穏な気を発するな。そなたと二人のときはやめるから」
どんどんと情けない顔になっていく凌統に負けて、が折れた。
「そんなに似合わないか?」
「似合わないっつーか……普段のサンを知ってる分、無理させてるような気がしてイヤなんだよ」
「そうか。では、冨春までの私の護衛はそなた一人でしてくれるのだな」
精々楽をさせて貰うとしようか、と踵を返したを、凌統が慌てて追いかける。泣いて身を案じていた花嫁を安堵させる為に村へ赴くと言う彼女を、軍策上、一人で行かせるわけにはいかない。形ばかりのものとはいえ、にも護衛をつける必要があるのだが。
「俺、一応責任者なんだケド」
「バ甘寧に任せておけばいいだろう。もともと、あやつの仕事ではないか」
「そりゃ、そうだ」
隣に並んで、思案する顔つきになった凌統に、が追い討ちをかけた。
「ついて来れば、一曲聞かせてやるぞ?」
「……マジ?」
そういえば、は楽師として村に紛れ込んだのだったと思い至る。彼女が纏っている白緑の紗も、それらしく見せるための小道具だ。
「祝歌を謡う約束だったからな。あの夫婦は村にとって良い導き手となるだろう。巻き込んでしまったことだし、事が終わったら、末を言祝いでやろうとは思っていたのだ」
風を司る虎仙の謡う歌。それを与えられるとなると、あの二人の幸は約束されたに等しい。魂を攫うとされる風伯など、近づけもしないだろう。
「終わったら、建業で聴取があるからとでも言って連れ出してくれると有難い。引き留められると、後が面倒だしな」
「了解。んじゃ、ちょいと話つけてくる。馬も用意させるから、待っててくれ」
うきうきと、天幕に向かって歩き始める。距離は短いが、冨春までと二人旅だ。村に着けば彼女の歌も聴けて、上手く運べばそのまま建業で酒も一緒に飲めるかもしれない。酒を用意しておくよう、家の者に早馬を出そう。
皮算用をしながら、凌統は、この地での仕事を押し付けるべく甘寧を呼んだ。








→ BACK



完全に戻る際にはブラウザを閉じてください。