空は暗黒に包まれ、大地に闇色の影を落とす。
気がつけば絶望の中に居た人々の前に突如現れた――眩い光を纏いし戦人(いくさびと)――
それが、キミだった――。
君の云う愛
「大丈夫だって! いざとなったらボクも戦えるし」
我が軍において重要な補給拠点――補給物資は勿論、医療班の面々が待機をする場所でもある。
現在事実上医療班の用心棒であるは言うまでもなくこの拠点に留まる事になった。
ここは乱戦が予想される地からは充分な距離があり、比較的安全だと窺える。
しかし――
「『何か』があってからでは遅いのだ、。 もし危険な目に遭いそうであったら、直ぐに私の名を呼ぶのだぞ」
「………って言ってもさ兼続、キミは遠くで戦ってるんだぞ? ここでボクが騒いでも聞こえるわけないじゃんか」
の言う事は尤もである。
幾ら声の大きさに定評のある彼女でも、流石に戦の場までは届く筈がない。
ましてや彼の赴く場は特に乱戦が必至――敵軍の砦付近だ。
様々な音が犇き合う中で、誰かの声だけを判別出来るとは到底考えられない事だった。
だが、否定的な事を言うに兼続は怯む事なく言葉を連ねていく。
「この私に聞こえぬ悲鳴などない」
「………は?」
「義と愛をもってかかれば、誰かの――いや、私の助けを乞う心の叫びが解る筈なのだ!」
己の拳を握り締めつつ力説する兼続の瞳は誇らしげに輝いている。
まるで自分の言葉に間違いはないと言っているように。
確かにこの歪んだ世界に運ばれた当初、異形の者達を前に為す術がなかった達へ手を差し伸べたのは彼だ。
しかもそれだけには止まらず、彼は今迄幾度となく味方の窮地を救って来たのだった。
そんな彼の意志や武の強さに惚れ、は兼続と恋仲となったのだが――想いが深まるにつれて頭角を現す一つの疑問。
――兼続は、本当にボクの事を愛してくれてるのかな?
事ある毎に兼続の口から出てくる『愛』という言葉。
彼が義と愛を重んじている事はあの主君との関係を見ていれば容易に理解出来る。
しかし目の前の男のようにそれを誰彼構わず処構わず連呼されると、男勝りと謳われるとしても流石に面白くない。
その辺りが複雑な女心といったところなのだろう。
は握った拳を見つめている彼を一瞥すると、微妙に眉を顰めながら手を小さくひらひらと振った。
「あーはいはい。 キミは義と愛の味方、みんなの英雄だもんな」
面白くないと思う心のままに、精一杯の皮肉を言葉に込めながら――
程なく、この地は戦場となった。
物見から次々に告げられる戦況、そして――この拠点に運ばれてくる数多の怪我人。
実際に巻き込まれていなくても、それだけでこの戦も凄まじいものだという事を思い知らされる。
そんな中は慌しく動き回る医療班に雑じって軍医見習いの仕事をしながら、時折拠点の入り口を注意深く見張っていた。
――相手は異形の者。 何時何が起こるか解ったもんじゃないしな。
二つの乱世が交わった、普通では到底あり得ない世界。
この不可思議な世界では、最早何があっても不思議ではなかった。
固く護られているこの拠点も、何時危険に晒されるか――
「うぎゃぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「――な、何だ!?」
もう何度目だろうか――が拠点の入り口を見遣った刹那、違う方向から絶叫が響いた。
聞く限りでは、あれはまさしく断末魔の叫び。
は傍らに置いてあった得物を手に取ると直ぐに声の方向へ足を駆った。
あの叫びから、全く何も聞こえなくなった場所。
拠点兵がしっかりと守っている筈の場に近付いたはあまりの静けさにごくりと喉を鳴らす。
ここで一体何があったんだ?
あれだけ居た拠点兵の気配もないし………
――いた!
慎重に物陰から顔を出したは、間もなく兵糧庫の壁に凭れかかる兵士を見つけた。
仲間の存在を確認して安堵したのか、ほっと胸を撫で下ろしながら兵士に駆け寄ると
「どうした? 他のみんなは何処へ行っちゃったんだ?」
率直な疑問を投げかけながら、警戒の「け」の字も感じられないその肩に手を伸ばした。
刹那――
ぐらり。
その兵は問いに応える事なく身体を重力のままに預けて来た。
「うわっ! 何だよ!?」
慌ててしな垂れかかる兵の身体を咄嗟に支える。
しかし次の瞬間、殆ど反射的に抱き止めた筈の肢体から手を離してしまう。
「あ………あぁ………ぁ」
地に倒れ伏した兵の血塗られた顔と、 更に事切れたかと思われた肢体からに向けて差し出される腕。
それは迫り来るものに抗うかの如く小刻みに震え、必死に何かを掴もうと空を彷徨いそして――
――ぱた。
一瞬の硬直の後、完全に力を失う。
直後、兵士の身に起こったであろう惨劇を想像してしまったのか、は声にならない声を上げた。
なんと怖ろしい事か――
その肢体からは顔の皮が生きたままそっくり剥ぎ取られていたのだ。
あまりの惨さと、何が起こっているのか解らない現状にの心は恐怖に支配される。
「う…ぅ、わ………」
普段勇ましく活発な彼女も足がまるで別人の物のように竦み、動こうにも身体が思うようにならない。
今や屍となった兵から瞳を背けるのがやっとだ。
この拠点に迫っているだろう危機も、恐怖に身も心も支配されていては冷静に考えられない事だった。
すると次の瞬間、硬直したままでいるの背後から
「………どうした?」
声が掛かる。
気持ちが悪い位の静寂を破るその声は、彼女にすればまさに救いの主だったのだろう。
漸くほんの少し力を取り戻し、後ろを振り返る。
しかし、安堵したのもほんのつかの間の事だった。
声の主の顔を見た瞬間、の心は再び恐怖の坩堝へと引き戻される。
見慣れている筈の兵士の顔――
………っ!!!
それは、の足元で事切れた兵と同じものだった。
「か、顔が………」
すると思うように声の出ないに兵の顔を貼り付けた何者かがにじり寄る。
「顔が、どうしたのかね?」
――コイツが、顔を剥いだ張本人、か?
「お、お前………まさか――」
「クック、その『まさか』だよ………」
刹那、声の主が喉を鳴らしながら己の顔を額からべりべりと剥がしにかかる。
その下に覗くは異形の者の顔。
なんと、驚くべき事に遠呂智軍の兵が我が軍の兵の『顔』を借りてこの拠点を内部から乗っ取ろうとしていたのだ。
しかし、それが解ったとしても今のには何もする事が出来ない。
あまりの恐怖に後ずさるが既に抜け殻となった兵の屍に躓き、尻餅をつく。
そして漸く開けた視界で辺りを見回すと、更に信じられない絶望的な光景を目の当たりにした。
――そこここから噴出す紅き血潮――
必死に抵抗する拠点兵に馬乗りになり、無理矢理顔の皮を剥がしている異形の者共。
それらがの気配を感じて一斉にこちらを向くと、剥がしたばかりの兵士の顔を投げ捨ててぞろりぞろりと近付いて来る。
その顔には、それぞれ狂気と言うしかない下卑た笑みが零れていた。
「新しい顔だぁ………」
「女の、顔だぁ………」
「なぁ、俺、女になってみていいかなぁ………」
返り血で真っ赤に染まった腕を伸ばし、次第にとの距離を詰めていく。
「女の顔だぁぁぁ………」
「やっ………や、だよ………くる、な………」
逃げようにも後ろは壁、そして前には異形の者が立ちはだかっている。
更にはこの抜かしてしまった腰では最早立ち上がる事すらままならないだろう。
刹那、は背筋に冷たいものを感じながら瞳を固く閉じ、己の胸元を祈るようにぎゅっと握り締めた。
「………兼続………」
――タスケテ。
兼続の助けを請うこの呟きは遠くで戦う彼の耳に届く筈がない、そう思っていた。
しかし、次の瞬間――
――ふぉんっ――
突如の目の前に護符で作られた魔方陣が彼女を護るかのように現れた。
「怨霊退散んっ!!!」
同時に聞き慣れた声と共に迸る白き光。
眩き一条の光は今にもに迫ろうとしていた異形の者を塵と化しながら弾き飛ばした。
そして追い討ちをかけるべく更に護符が現れ、それが巻き起こす旋風に他の敵が方々に四散していく。
その一瞬ともいえる出来事には唖然茫然としていた。
――この攻撃は、間違いなく兼続のもの。
宝剣による剣撃に加えて方術を繰り出す、光を纏いし戦人。
でも彼は今、乱戦必至の場に居る筈だ。
なのに――
「大丈夫か、!? 不義の輩は成敗したぞ………もう安心だ」
駆け寄り、小さい身体を抱き寄せつつ諭すように語り掛ける兼続。
その瞳や消えていく方陣から暖かさを受けながらも、は安堵よりも先に感じた想いを放った。
「兼続………本当に、来た………」
異形の者が引き起こしたこの騒動は、兼続の救いにより完全に沈静化した。
不慮の死を遂げた拠点兵の亡骸は医療班の面々によって既に運ばれ、この場には再び静寂が訪れる。
しかし先程の気持ち悪さは微塵もなく、兼続からもたらされた暖かさには身を委ねていた。
「これは陽動、間もなく本陣が来るであろう――皆に申し伝え、備えよ」
「承知いたしました、兼続殿」
兼続の指示に短く返事をし、伝令としての任を全うすべく忍びがその場からすっと消える。
忍びの姿が掻き消える事によってから漸く安堵の息が漏れた。
「ありがとう兼続………またキミに助けられたね」
「いや礼には及ばん、。 言ったであろう…私に聞こえぬ悲鳴などない、と」
「………ボクは悲鳴を上げた覚えはないけどな」
確かにあの騒動では悲鳴を上げていない――いや、あまりの恐怖に声も出なかったというのが正解か。
しかし目の前の男はまるでこの場の危機を察して駆けつけたかのような物言いをする。
――なんで、ここまで自信を持って言えるんだ?
にとっては全く腑に落ちない事だった。
かつて、幾度となく訪れた危機をことごとく救ってくれた兼続。
果たして彼には、本当に特殊な能力が備わっているのか――?
「なぁ、兼続………なんでキミはボクが危険な目に遭ってるのが解るんだ?」
は心の中に燻っていた疑問をそのまま吐き出した。
この一見簡単には答えが引き出せないだろう疑問。
しかしその答えは直後、兼続の手によっていとも簡単に明らかとなった。
「これだ、」
はにかんだような笑みを零しつつ、兼続が胸元から取り出した一つのお守り。
それは恋仲になって間もない頃、が彼に贈ったものだった――。
「あ、あのな、兼続――これ、あげるっ!」
夕方、鍛錬の後共に後片付けをしていた時の事。
頻りに袖の中のものを気にしながら何かを言いあぐねていたは意を決したように一つ大きく頷くと、不意に立ち止まって兼続に両手を突き出した。
彼女の手の中には地味ながらも綺麗な装飾が施された一つのお守りがある。
「………これを、私にくれるのか?」
殆ど反射的にそれを受け取りつつはにかんだ笑顔を向ける兼続。
その笑顔には突然の贈り物に困惑している様子も窺えた。
しかしそんな兼続の反応に構わず、が畳み掛けるように続ける。
「うん………あ、いや要らなかったらいいんだ。 こんなちっぽけなお守りじゃ兼続には効果ないかも知れないしな。 ちょっと、さ…ボクがあげたものを身に着けてくれればいいな、って思っただけだからさ」
ふと見れば、独り言のように言葉を紡いでいくの胸には同じ形のお守りが飾られている。
それを見た瞬間、兼続は迫り来る想いのままにの身体を己の腕の中にすっぽりと収めた。
「ちょ、兼続! いきなり何をっ――」
「愛い奴よ! 揃いの守りなど………兼続、これ以上の感動はないっ! そなたの贈り物ならばそれだけで効果は絶大であろう! 嬉しいぞ、私は嬉しいぞぉぉぉっ!!!」
「あ、あのね……恥ずかしいって兼続! くっ苦し――」
は抱きすくめる腕の強さに息を詰まらせながらも満面の笑顔を兼続に返した。
方術を使いこなす彼に対して贈るには恥ずかしいと思われたお守り。
しかし、彼は何も考えずにそれを嬉しいと言ってくれる。
鍛錬場のど真ん中で抱きしめられては流石に恥ずかしいが、は兼続が予想に反して喜んでくれた事に幸せを抱え込んだ。
「これで、お揃いだね」
「あぁ…ありがとう、――そうだ、少々貸してみろ」
暫し、互いの温もりを確かめ合った後――
兼続は片手での身体を支えながら、もう一方の手で彼女のお守りを手にすると
「、そなたの守りに一つまじないをかけてやろう――これは礼だ」
お守りに向けて何やら術を唱え始めた――。
「あの時、私はそなたの守りに術を施した――何時でもそなたの声が聞こえるようにな」
「そんな術、あったんだ――」
「しかしそれは、互いの心が通じ合っていなければ無きに等しい。 私と、そなたの………愛、で成せる術だ」
「愛、ねぇ………」
またしても兼続の口から吐き出される何時もの言葉。
だが、兼続の表情を見ると今迄のような勇ましさが感じられない。
――瞳を逸らし、顔全体を紅潮させているのだ。
瞬間、は漸くだが彼が普段言う『愛』と自分へ向けるものの違いを察した。
他へ向かう愛は――『慈愛』。
そして――
「そっか、キミはちゃんとボクの事を想ってくれてたんだね」
「はは、何を今更――」
「でも、気をつけなきゃダメだぞ兼続。 キミがそんなんじゃ、ボク…今迄みたいに勘違いしちゃうからな」
一瞬見せた笑顔を引っ込め、頬を僅かに膨らませながら兼続に忠告する。
しかし、その表情は何処か楽しげであった。
彼女にしてみれば、これまで勘違いしていた事実が払拭されただけでも嬉しい事なのかも知れない。
すると――
「…ならば、このように付け加えさせていただこう。
義のために、愛のために――そして、そなたへの愛のために!」
一瞬にして身も心も言葉と共に兼続の腕に包まれる。
――何時もボクを守ってくれるこの腕――
は感謝と改めて感じる想いを込めて――精一杯背伸びをして兼続の唇に己のそれを近付けた。
今日も彼は強い意志の下、戦い続ける。
「義のために、愛のために! ――そして、への愛のために!!!」
「だから兼続、連呼したら恥ずかしいだけだって!!!」
劇終。
アトガキ
久し振りの登場となります、管理人です orz
此度は企画に献上すべくこのお話を書かせていただきました。
お題は 『●●愛』。
このキーワードは、間違いなく彼のためにある!と思わせますね。
愛にもいろいろな形がある――その辺が表現されていればいいのですが。
しかし、やはり連呼されるとギャグにしかならない……… orz
因みに、途中ホラーちっくになっておりますが…
ヒロインの絶望的な状況を考えたらこんな感じになったという(汗
…自分で書いていて怖かったこんなネタ、二度と書かんぞ情報屋!(←八つ当たり
管理人お得意の?ギャグ雑じりのお話になりましたが――
少しでも楽しんでいただけたら幸いに思います。
ここまでお読みくださってありがとうございました。
(そして、ネタ提供者である情報屋にも感謝いたします;;)
2009.05.23 安土焔@管理人 拝
使用お題『●● 愛』。
(「形容詞、動詞がベスト?なお題」より)
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