ひとでなし?・・・・・・望むところ




 辺りを一望できほどの大木の上からは不敵な笑みを浮かべて戦場を眺めていた。

 「さて、彼らにどれ程の力があるものか・・・」

 見学させてもらおうか、と枝の上に立って腕組みのまま、その背を大木に預ける。
 眼下では妲己率いる遠呂智軍と曹操率いる魏軍との戦が勃発していた。

 「ちょっと!さんどこ行ったのよ!?」

 こんなときに、と己の姿を探す妲己の姿を捕らえつつも、は姿を現すつもりはないらしい。
 フッと冷たい笑みを向けるのみで後は感心がないかのように視線を他へやる。

 と、そこにここにあるはずのないパタパタという小さな足音を聞きつけ、はわずかに顔を歪める。
 「妲己ちゃぁ〜ん」と叫びつつ忙しなく走り回るその姿に盛大にため息をつきつつ、己の重みすら感じさせない身軽さでふわり、と声の主の前に降り立つ。

 「おい、卑弥呼。そこで何をしている?」

 目の前に突然現れた相手に驚きつつ、相手を誰と認めて卑弥呼は安堵のため息を吐く。

 「なんやぁちゃんかぁ。びっくりさせんといてよー。」
 「何をしている?」

 卑弥呼の様子は気にも止めず、再び同じ問いを重ねる。
 しかし、卑弥呼は卑弥呼での言葉を聞いているのかいないのか。

 「なぁ妲己ちゃん知らん?」
 「妲己?妲己なら・・・あぁ、あそこだ。」

 あそこ、と指差す先が果たして卑弥呼に見えたものか否か。
 の胸元ほどまでしか身長のない卑弥呼には、ほど遠くまでは見渡せない。
 案の定、

 「え、どこ?見えへんよぉちゃん!」

 ピョンピョンと飛び上がってはが指差した方を必死に見ようとするが、辺りの建物やら木々やらが邪魔で卑弥呼には妲己の姿はやはり見つけられないらしい。
 だからといってはそれを気に止めることもなく、再び卑弥呼に問う。

 「どうでもいいが、そろそろ私の質問に答えてくれないか?何故お前がここにいる?」
 「ん?妲己ちゃんとちゃんが心配になって・・・うち一人で逃げるなんて・・・」

 一人では逃げられない、という卑弥呼の言葉を遮っては盛大なため息を吐く。
 その様子に一瞬頬を膨らませる卑弥呼であるが

 「心配はいらん。だいたい、お前が逃げ切れなければ妲己の思いも報われん。本当に妲己のことを思うなら今は逃げろ。後は私が引き受ける」

 お前の分もいてこましてやろう、とニヤリと笑うに卑弥呼はしばし思案ののち、渋々と頷いてに背を向ける。

 「絶対、絶対二人ともちゃんと後から来てな!約束やで?」
 「・・・あぁ」

 去り際、一度振り返って叫ぶ卑弥呼に、また不敵な笑みを浮かべては頷き返す。
 それを見て卑弥呼も安堵の笑みを浮かべて今度こそ敵のいない方へと走り去って言った。
 残ったはまた一つ小さくため息をついた後、

 「傍観というわけにも、いかぬか・・・」

 仕方ない、と先程苦戦を強いられていた妲己の下へと向かう事にする。
 「彼らは存外やってくれるらしい」と楽しげな笑みを浮かべつつ。



 「随分梃子摺っているようだな?妲己」

 途切れる事なく向かってくる敵兵をうんざりしつつ薙ぎ払っている妲己に背後から苦笑交じりに声を掛ければ、妲己は「これで最後」とようやく敵が途切れた 事に深い息を吐きつつ背後を振り返ってジロリと恨めしそうにを見やる。

 「ちょっと、さん。今までどこにいたのよ」

 探した、という妲己に「すまんな」と口先ばかりの謝罪をしてから

 「卑弥呼がお前を探していた」
 「は?卑弥呼が?何で?」
 「お前が心配だと言ってな」

 困ったものだ、とため息交じりのの言葉に妲己は不安気に視線を彷徨わせつつ

 「それで?卑弥呼は?」
 「あぁ、後で必ず再び逢おうと約して先に行かせた」

 の言葉に妲己は安堵の息を漏らし、それならいいけど、と再び戦況の思わしくない戦場を見やる。

 「それなら益々、ここをなんとかしないと・・・さん、何かいい案ないの?」
 「案・・・か。いっそ覚悟を決めて曹操の首でも取りにいったらどうだ?」

 敵の意表をつけて意外にも容易く勝利を得られるかもしれないぞ、と笑うにしかし妲己は顔を引き攣らせつつ

 「それってさぁ、案っていうより、ただの最終手段じゃないの?」

 意外と役に立たないなぁ、などと文句を言いつつ、

 「そこまで言うならさんが行ってよ」

 と危ない役回りを押し付けることも忘れない。



 思った以上の魏軍の猛攻に、妙案を思いつくより早く自陣営は危機に陥りつつあった。
 これは冗談ではなく最終手段に出る必要があるか、と妲己が本気でを敵陣に放り込もうと企むところ。
 思いもしない声が背後から掛かり妲己は一瞬顔を引き攣らせる。

 「久し振りだな 妲己」

 ニヤリと不敵に笑む相手を恐る恐る振り返りつつ、「なんでこんなところに女カさんがいるのよ」と小さく舌打ちをする。
 だが相手にはその同様を悟られまいと至って平静を装いつつ、

 「ほんと・・・見ないうちに変わっちゃって、ま〜。仙人やめて曹操さんの猫やってるわけ?」
 「ふん、減らず口を・・・」
 「そうだぞ、妲己。こんな奴を猫に例えるなど、猫が可愛そうだろう」

 心底嫌なものを見るような目で女カを睨みつけつつ、はどこかおかしな突込みを入れる。

 「・・・お前も随分と落ちたものだな」

 仮にも仙人であったものが、罪深き者共の肩を持つなど、と見下すような視線を寄越す女カに、しかしも負けじと返す。

 「はっ!何とでも言え!貴様と肩を並べるよりも随分とマシなものだ」

 相手を認めると同時に皮肉を言い合う二人に妲己もため息をつくしかない。
 しかし徐に二人、得物を抜くところを見てさすがに妲己も口を挟む。

 「ちょっとちょっと!私の存在無視?ていうかさん、いいの?仮にも昔の仲間でしょ?」

 ちょっと抵抗っていうものはないの?そのほうが私は楽しいんだけど、と言う妲己をチラと一瞥して

 「お前も知っているだろう?私はこいつが近くにいるだけで虫唾が走るんだ。仙界にいたころは伏犧の奴が五月蝿かったから我慢していたが・・・せっかく敵対しているんだ。今思う存分叩きのめさずしてどうする?」

 今は口やかましく止めるものもいないからな、そうだろう?と女カを見やればこちらもまた寒気がするほどの冷笑を浮かべて「あぁ」と頷く。
 もはや自分の立ち入る隙はないと見てか、はたまた面倒事を押し付けることができた、とほくそ笑んでか

 「じゃぁ、女カさんは任せるわ。さん」

 と妲己はそそくさと他の敵を掃討しに向かう。


 去り際の妲己の声はもはや女カにもにも届いてはいなかったようで、二人は得物を構えて睨み合ったままピクリとも動かない。

 「どうした?怖気づいたのか?」
 「はっ!よく言う!」

 それはお前だろう、と女カの言葉に返しつつ、から仕掛ける事はしない。
 先に動いた方が負ける。


 ずっとライバル同士であったからこそ、互いを嫌い合うからこそ、皮肉にも誰よりも互いのことを一番良く知ることとなってしまった。
 恐らく認めたくはないが力は互角。
 先手必勝と言いたいところだが、恐らくこちらの攻撃は予測しているだろう。
 自分がそうであるように。
 相手の攻撃を受け止める自信はある。
 だが、相手に一撃入れられる自信はない。
 確実に止められる。
 それだけならいいが、下手をすれば・・・。
 そう思うからこそどちらも動けない。


 ハラリと木の葉が舞う。
 このままでは埒があかない、とそれを合図にするかのように二人同時に駆け出す。
 やはり考える事は同じらしい。

 甲高い音が戦場に響き渡って刃が交じり合う。

 「・・・何を企んでいる?」

 素直に妲己に従っているとは思えない、と顔を歪めて問うてくる女カにしかしは笑みすら湛えて

 「何の事だ?」

 答える気など毛頭ない、と一度引いた得物を素早く再び振り下ろす。
 それを女カは寸でのところで避けつつ

 「フッ・・・まぁいい。お前が何を企んでいようと、私には関係のないことだ」
 「あぁ、その通りだ。お前はここで朽ちるがいい」

 二度とその面見たくはない、と吐き捨てて再び互いの刃を交える。



 いったいどれ程刃を交えたか。
 互いに傷一つ負ってはいないが、激しい攻防にさすがに息が乱れつつある。
 そろそろ終わりにしたいものだ、とどちらともなく思い、これが最後かと互いに次の一撃にかけようとする。
 が、

 「女カ殿!妲己を捕縛いたしました!」
 「ちょっと、放してよ!さん!何とかして!」

 ギャーギャーと喚きながら近づいてくる者たちに一気に気を削がれてしまう。

 「妲己・・・情けない」

 もう少し踏ん張るかと思ったが、と肩を竦めつつ頭を振るに妲己が「悪かったわね」とそっぽを向く。
 それには苦笑しつつ、

 「やはり、人の子は予測がつかぬな」

 どこか楽しげに溢すを先程女カを呼んだ男、姜維が訝しげに見やる。

 「女カ殿、そちらは?」
 「なんだ?そいつも敵か?なら俺が・・・」

 俺が相手だ、と姜維の隣でいきり立つ利家を女カが静かに制する。
 それを不満気に見やってなぜだと問うが、しかし女カは意味ありげに笑むのみで何も言おうとはしない。

 「ちょっとさん!何とかしてってば」
 「フン、捕まる貴様が悪いのだろう?」

 貴様を助ける言われはない、と知らん顔のに姜維は敵味方の判断を付けられず当惑し、一方の妲己はと言えば一瞬絶句したのち。

 「なっ・・・ひどくない?さんのひとでなし!」

 昔はどうあれ今は味方じゃない、と半分涙目に訴える妲己に、しかしは楽しげに笑って

 「・・ひとでなし?・・・クク・・・望むところだ。そもそも私は人ではないからな。妲己・・・もはやお前に勝ち目はない」

 ろくに頭が回っていないようだな、と皮肉って意地の悪い笑みを浮かべる。


 「おい妲己!卑弥呼はどこだ?」

 妲己との遣り取りに一息ついたところで利家が割って入る。
 探していた相手の姿が一向に見当たらない、と一緒にいたはずの妲己を問い詰めようとするが、先程まで落ち込んでいた妲己はその問いに勢いを取り戻し、

 「卑弥呼?そうねぇ、今頃は遠呂智様のところじゃない?」

 その言葉に驚愕の表情の姜維に「その顔が堪らない」と己の状況も忘れたかのように笑う妲己である。
 だがその表情も長くは続かず、の次の言葉に再びその表情は暗くなる。

 「あぁ、そうか、忘れていた。卑弥呼との約束があったな」
 「さんが協力してくれないからもう果たせないかもしれないけどね」

 チラと恨みがましい視線を送る妲己に、そう言うな、と苦笑して何やら怪しげな言葉を唱え始める。
 いったい何をする気だ、と止めようとする利家を女カが変わらず悟ったような笑みで止める。
 その様子に意味が分からないと視線を合わせる利家と姜維。
 妲己は「助けてくれる気になったの?」と表情を明るくする。
 が、それも一瞬のこと。

 「わぁああ!な、なんやの?これ!ちょ、誰?離してやぁ!気持ち悪い!」
 「なっ!?・・・ひ、卑弥呼!!??」

 なんで、と唖然とする妲己には意地悪く笑んで

 「約束を違えてはこの名が廃るからな」

 果たせてよかったな、と笑うに、ようやく妲己もの思惑に気付いて怒りを露にする。

 「さん、裏切る気?」
 「裏切る?ハッ!笑わせる・・・言っておくが、私は元より貴様の仲間になった覚えはないからな」

 裏切るとは心外だ、と嫌味な笑みを浮かべるに妲己はさらに食ってかかろうとする。
 だが未だ状況の分からぬ卑弥呼は、聞きなれた声を耳にして安堵するよう。

 「妲己ちゃん?ちゃんも!無事やったんやな?よかったぁ・・・てかちゃん!何か気持ち悪いねん!変なんが纏わりついて・・・助けてや!」

 一見卑弥呼の周りには何もないように見えるが、見えぬ何かが卑弥呼を拘束して離さないらしい。
 それがの術であると気付くのは今のところ術を仕掛けている自身と、いち早くの企みに薄々気付いていた女カとようやくの裏切りを知った妲己のみ。

 「クク・・・どうして欲しい?卑弥呼」
 「う〜・・・とりあえずこの気持ち悪いの何とかしてぇな!」

 早く、と訴える卑弥呼に慌てるなと返しつつ、

 「ならば・・・変わりにこれにでも入ってもらおうか。あぁ、ついでにお前もな」

 妲己と一緒にここに、と言うが早いかどこからともなく現れた檻に気付けば卑弥呼と妲己は仲良く閉じ込められていた。

 「え、何?これ・・・ちゃん?」

 出してよ、と訴える卑弥呼に「それは出来んな」と楽しげな笑みを浮かべる。
 状況を読めない卑弥呼はそれにただ困惑するのみ。
 どうなってんの?と妲己に説明を求めてみるが、当の妲己はを睨みつけているのみで卑弥呼の呼びかけに気付いていないらしい。

 「フッ、どうだ?妲己、そこの意心地は」
 「最悪!ほんと、さんってひとでなし!」
 「クク、だから言っているだろう?私は人ではない、と」

 最低、と溢す妲己に卑弥呼は挫けず説明を求めている。
 その様子をチラと見やっては女カに向き直る。

 「さて・・・悪いがこれは私が貰っていく。お前はまだ猿と追いかけっこ、だろう?」

 追いつければいいがな、とあざ笑うに女カも負けじと返す。

 「お前こそ、みすみす逃げられるのではなかろうな?」

 その檻は頑丈なのだろうな、と遠まわしにの術をけなしにかかる女カをやはりも軽くあしらう。

 「貴様とは違う。容易く破れるはずがなかろう」
 「はっ!言ってくれる」
 「ま、せいぜい坊やに先を越されぬことだ。」

 言うと同時にあっという間に檻とその中にいた妲己・卑弥呼と共に消えうせてしまったを女カは笑みでもって、利家と姜維は唖然として見送った。



 「なぁ・・・あのとかって人、あんたの知り合いなんだろ?」
 「フン、ただの邪魔者だ」

 (・・・仲が悪いのでしょうか?)
 (・・・に、しては・・・随分と互いを知ってるように見えたが・・・)

 「何だ?何か言ったか?」
 「い、いえ!何でもありません!!」

 口では嫌味を吐きつつも、どこか楽しげに笑い合い、皆まで言わずとも互いの思いを汲み取る二人にその仲を掴みきれず当惑する利家と姜維であるが、女カの一言で現実へと戻され一時思考を振り払う。
 そんな二人に首を傾げつつも変わらずどこか楽しげな笑みを浮かべたままで

 「ならばいい。行くぞ、急ぎ曹操の下へ戻り、猿を追わねば」

 卑弥呼と妲己を捕縛したとはいえ、憂いの元が全て断たれたわけではない。
 が二人を仙界に戻した以上、そちらは問題ないだろう。
 口では何と言っていても実力は認めているのである。
 そしてそれはも同じで、女カの力を信じているからこそ己は後を託して仙界へと一足先に戻ることにしたのだ。
 それを汲み取ったからこそ、後で嫌味を言われぬためにも女カは何としても残りの憂いを断たねばならない。
 尤も、自分たちの認めた人の力を借りればそれは容易い事であると確信してはいたけれど・・・。


 この世に平和が訪れる日はそう遠くはないであろう。





 ― 劇終 ―




 執筆者 : 鎹 紫乃瑪様   サイト : つづらおり様


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