「私のありのまま…見せたら駄目? 」









 ”酒は飲んでものまれるな”とはよく言ったものである。



 「凌将軍は?」
 「本日は宴がございますので、そちらへ出席されております。」
 何かご用ですか?と女官は言うが、はいや、別に。と言って執務室を後にした。
 今朝方本人から頼まれて探していた書簡がようやく見つかり、とっとと渡して帰りたかったのに。
 (どうすっかなー。今日中に欲しいって言ってたし渡した方がいいかなぁ?でもなぁー酒の席に持っていってもなぁ……。)
 そこまで考えてさっきの女官に渡せば良かったと今更気づき、気づくのが遅い自分にため息を吐いた。
 とりあえず、見つかったぞという報告だけはしておこうという結論に至り、は足取り重くにぎやかな音が聞こえる方へと向かった。





 「でよ〜。アイツったら急に笑い出して。」
 「笑い上戸ですか?」
 おぅ!そうだったんだよ。と、甘寧は陸遜相手にベラベラ話していた所、ようやく女官達から解放された凌統がやってきた。
 「あー。疲れた。って何の話してんの?」
 「甘寧殿の部下の話ですよ。」
 「お。凌統じゃねーか。今までどこに行ってたんだよ!」
 相変わらず愉快に騒いでいる甘寧をほどよく無視して、凌統は杯に注いであった酒を一気に飲み干した。
 「えーっと、甘寧殿の部下にお酒を飲ませてみたら、実は笑い上戸だった……という話ですよ。」
 「ふーん。」
 「そいつさ、滅多に酒飲まねぇからよー。どうなるんかなぁ〜って……。」
 「試したのかよ。」
 「あぁ!スゲー楽しかった!!」
 自分の部下に何してんだよとその時の凌統は思ったが、ふと、ある人物が頭に浮かんだ。
 (そういえば、アイツの酒呑んでる所って見たことないような……。)
 ちょっと見てみたい、でも見ちゃいけないような。
 まるでパンドラの箱(なんてモノはこの時代ないけど)のような気分だ。
 そんなヨコシマな事を考えていたら、ターゲットがひょっこり顔を出してきて、凌統は思わず二杯目の酒を噴出しそうになった。





 (ひ、人が多いっ!)
 元々人ごみが嫌いで、超・インドア派のにとって、宴の席ほど避けて通りたい場所は無い。
 「何してんの?」
 柱に手を添えて呆れているような顔をした凌統に声をかけられ、は思わず「ギャっ!」と言いそうになるくらい驚いた。
 一方、声をかけた凌統は面白いものを見たと言わんばかりになかなか楽しそうである。
 「り、凌将軍を探してました……。」
 「俺に何の用?」
 「今朝言ってた書簡見つかったのでその報告を。」
 「……なんだ。それか。明日でも良かったのに。」
 「今日中に探せって言ったのは将軍ですけど。」
 「?言ったっけ??」
 その表情は限りなくワザと言ったのに♪と言わんばかりで、もし相手が自分の上司でなければどっかに埋めてしまおうかと思うくらいにこやかに笑いかけていた。
 「この野郎……ウソ言ったな。」
 「あれ?上司にそんな言葉使ってもいいの?」
 「どうせ皆聞いちゃいねーもん。」
 「なるほどね。」
 確かに、宴の席はめいめい酒を飲んだり、騒いだり。
 二人がどんな会話しているのかさえもわからない状況である。
 凌統はふとさきほど自分の中で沸いた疑問を解消すべく、早速この目の前のカモを誘ってみることにした。
 「まぁ、せっかく来たんだし、一杯飲んでいけば?」
 「冗談じゃない。」
 その様子は「そんな!私、今みすぼらしい格好ですし、将軍にご迷惑をかける訳にはっ!!」というのではなく、「はぁ?何言ってるの??無理に決まってるだろ。」と心底毛嫌いしている風である。
 「そう言わずに♪上司命令だ。着いて来い。」
 結局の所、職権乱用も甚だしい事を言っては宴席へと連行されてしまった。







 「…………あれ?」
 目を開けるとそこは自分の部屋で、どうやら寝ていたようだ。
 「あー……あの後無理やり飲まされて……で、寝たのか。」
 しかも寝巻きにも着替えないで寝てしまったらしい。なんだか身体の節々が痛いし、気分は最悪だ。
 「……っつ。頭いたい……。」
 飲みすぎたのかな?でもそんなに飲んだっけ??あれ?覚えてないよ。
 とりあえず、は着替えて重い頭をお供に出仕したのだった。
 「おはようございます。将軍。」
 背後から声をかけたのがそんなに驚くような事だったのか、凌統は飛び上がるかのように驚き、を見ると、いきなり両肩をガシリと掴んだ。
 「。」
 「はい?」
 「他所の男の前では絶対酒を飲むな。」
 「はぁ?」
 「俺の前だけにしろ。」
 「?私、何かしました??」
 「!?いや!別に何も……」
 (何かをやったんだ。私。)
 ジトリと凌統を睨みつけても、凌統は目を合わせないし心なしか顔が赤いし、にとっては何が何やらさっぱりである。
 そこに偶然通りかかった陸遜がを見つけ、昨日はどうも♪となにやらご機嫌な様子で話しかけてきた。
 「驚きました。殿があんな事するなんて♪」
 「あんな事って!ど、どんな事ですか!?」
 「?覚えてないのですか??」
 ニヤリとにっこりが丁度良く混ざった笑顔を見せながら陸孫は昨日のことを話し始めた。





 昨日。
 無理矢理に酒を飲ませた凌統は、はてさてがどうなるか面白半分で観察したが、なかなか面白い反応がなくつまらなったようだ。
 おまけにいくら飲ませても顔色は変わらないし、目もぱっちり。
 さすがに甘寧も陸遜もそして凌統も
 (こいつってザルなのかー。)
 とちょっとガッカリして一人で酒を注ぎ始めたを放っておいてまた3人で飲み始めた時だった。
 くいくいっと誰かが凌統の袖を引っ張るので振り向くと……
 そこには目を潤ませて凌統を見上げるがいた。
 「!?ど、どうした?!!?」
 凌統のその声にはふにゃぁと笑顔を見せて、いきなり凌統に飛びついた。
 「りょーとーさまー♪」
 今まで見たことの無いの変貌振りに凌統はもちろん、甘寧も陸遜も目を丸くするばかりで、この緊急事態を上手く飲み込めないでいる。
 で一人勝手にご満悦のようで、凌統の服に自分の頬をスリスリさせて、ほぅとしている。
 「りょーとーさまの匂いがするぅー。」
 「!!!!!?????」
 キタコレ!!!!!!!
 その瞬間、凌統はズガンっ!と自分の頭上に雷が落ちたような衝撃を受けた。
 もし場が自分の部屋なら、執務室ならいやいやと二人っきりだったら……もう行くとこまで行くであろう。
 だが、ここにはたくさんの人々がいる訳で……心の中でさめざめと泣きながらも、平素を装っての肩をポンポンと叩いた。
 「、しっかりしろ。」
 「しっかりしてるもん。」
 まるで駄々っ子のように返すが普段のと同一人物だと誰が思えるであろう。凌統はしばらくどうしようか考えていたら、今度は凌統の首に腕を絡めてきた。
 「お、おい。」
 「りょーとーさまー。」
 こんな好機滅多にない!凌統は将軍・凌統を投げ捨て、一人の男としてと対峙することにした。
 「なんだい?」
 「私のありのまま…見せたら駄目?」
 ”ありのまま”というその言葉に凌統はクラリと来た。
 当然アレだよな?”ありのまま”って言ったらアレだよな?!と、一人脳内で確認して、
 「勿論だよ♪」
 と返事をすると、はぱぁっと一層にこやかになって再度凌統に抱きつこうとしたが……

 ゴッ!

 おでことオデコがぶつかり、はそのまま寝入ってしまった。





 「……という事だったんですよ。」
 「ア、アリガトウゴザイマシタ……」
 教えてくださってと陸遜に片言でお礼を言った後、は同じく凌統にもお礼とお詫びを深々とした。
 「いや、いいんだ。俺も悪乗りしすぎたし。」
 でも……と凌統は昨日のことをまた思い出して。
 (には悪いけど、アレはアレでいいもんだったしな。またやってみようかなぁ〜)
 なんて不埒な事を思っていたのだった。





 ― 劇終 ―




 執筆者 : yusuke様   サイト : 無双点心様


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