必要だと、言って。
半年前。
彼は優しくて強くていつも輝いていてそんな彼が好きで、迷わず自分の想いを伝えた。
特に何かに秀でたわけでもなくどこにでもいるような私の恋人になってくれた。
それだけで嬉しくて嬉しくて夢を見てるのではないかと思ってしまう。
でも、これは現実で私の大好きな彼・・・趙子龍が私の恋人。
今日は休みで城下に買い物に来ていた。
いつも行く小物店で何か良い物が無いか
散策していつも行く点心屋さんが桃まんをくれた。
趙雲も桃まんが好きだったので帰ったら一緒に食べることにする。
「さ、冷めないうちに帰って食べよう」
帰る足も軽く急いで城へと帰るのだった。
城に帰って来たは真っ先に趙雲の執務室に向かったが本人の姿はなかった。
「執務室にいないってことは鍛錬所かな?」
は軽い足取りで鍛錬所へと向かう。
鼻歌を歌いながら進んでいくと鍛錬所で自分の護衛兵を指導している趙雲が見えてきた。
「子龍!そろそろ休憩しない?」
の声に趙雲は手を止め振り返る。
「もう少し待ってもらえますか?もう少し型を見たら行きますから先に執務室で待っててください」
「わかった。お茶入れて待ってるね」
は笑顔で手を振ると今きた道を引き返した。
慣れた手つきでお茶を入れ趙雲の帰りを待つ。
しかし待てど暮らせど趙雲は帰ってこない。
どんどん時間が経ち、外が薄暗くなってきた。
すぐ食べれるように出しておいた桃まんも乾かないように包みなおした。
「少しって言ったのになぁ・・・」
は椅子の上で膝を抱える。
少しずつ暗くなる部屋でため息をこぼす。
「いつものことか・・・」
諦めたようにまたため息をこぼす。
ついこの間の自分の誕生日には遠征に行ってしまいお祝いすることが出来なかった。
遠乗りの約束をしたときは、劉備様と一緒に城下の視察に行ってしまった。
お茶の約束をしたときは、兵への調練が長引いてしまったため結局出来なかったりと約束をきちんと守ってもらったことがない。
本当に恋人になってくれたのかと不安になるときもあるが、趙雲が好きだと言ってくれるので、それだけをただ信じていた。
趙雲は思いのほか時間がかかってしまい、焦っていた。
「すまない!遅くなってしまった!」
謝りながら部屋に入ったが、明かりが点いていなかったため部屋が暗かった。
待ちくたびれていなくなったと思ったが、部屋の中心にある机の近くに人影があるのを見つけた。
苦笑しながら部屋の明かりを点けると椅子の上で膝を抱えて丸くなっているの姿があった。
「・・・遅かったね・・・」
「すまない、一つ気になったら次々と気になる所が出来てしまって」
「お茶冷たくなっちゃった」
「私が入れなおそう」
「桃まんも冷たくなっちゃったよ」
「調理長に頼んで温め直してもらおう、少し待っててくれ」
趙雲は桃まんの入った袋を持つと部屋を出て行こうとする。
「また少し待つの?今度は本当に少し?」
の言葉に趙雲は動きを止め振り返るがまだ膝を抱えて顔を上げていなかったため表情は読み取れなかったが、棘のある言い方から怒っているのは想像がついた。
「今度はすぐに戻ってくるよ」
趙雲は苦笑する。
(駄目だ・・・私駄々っ子みたい・・・)
は小さくため息をつくと笑顔で顔を上げる。
「桃まん食べるより先に夕餉にしよう」
そう言って立ち上がると趙雲の元に駆け寄る。
それを見た趙雲は微笑むと二人で一緒に夕餉を食べに行った。
その後で、温め直した桃まんを一緒に食べた。
ある日休みだったは何をするわけでもなく裏庭で空を眺めながらのんびりしていた。
「子龍は忙しそうだし、一緒に城下に買い物に行きたいんだけどなぁ」
そんな事を考えながら空を自由に飛ぶ鳥達を眺めていた。
すると聞きなれた声が話をしながら裏庭に近づいてきた。
「趙雲よ、すまないが話しをするだけでいいのだ、この縁談を受けてはもらえぬか?」
「殿・・・しかし・・・」
どうやら趙雲と劉備が話しをしているようだった。
(縁談?・・・まさか子龍、いくら殿の頼みだからといって受けるわけないよね・・・?)
声をかけようかと思ったが話の内容が内容なので思わず気配を殺して二人の話に耳を傾ける。
「がいるのはわかっているんだが、話だけでもと言って来るのだ」
劉備は困り果てたような表情だ。
「ですが・・・」
「頼む・・・趙雲・・・」
「・・・わかりました・・・話だけなら」
趙雲は劉備の話を承諾してしまった。
(嘘でしょ・・・)
はかなりショックを受けた。
劉備の頼みとはいえ、恋人がいるのに本当に受けてしまうとは思いもしなかった。
「そうか!無理を言ってすまないな」
「いえ、殿の頼みですから」
「すまない、詳しい日時は後で知らせる」
「わかりました」
そこまで話すと二人はどこかに行ってしまった。
はしばらくその場から動くことが出来なかった。
どのくらい放心していただろう。
辺りはすっかり暗くなり空には数えきれない程の星が輝いていた。
(話だけって言ってたしその縁談で子龍が結婚するわけじゃない・・・)
そう思うものの不安が消えるわけではない。
は自分に自信がないのもあり、不安を振り払えなかった。
「、そんな所に寝ていたら風邪を引くよ」
物思いに耽っていたの視界に突然趙雲が現れた。
「・・・子龍・・・」
趙雲はの隣りに腰を下ろすと空を見上げた。
「星が綺麗ですね」
「・・・うん・・・」
趙雲の横顔を見ながら昼間の事を聞こうか迷っていた。
すると趙雲はの方を見る。
「今日、来ると言っていたのに来ないから心配したんですよ」
「あ・・・ごめん・・・」
昼間の事を聞いてからすっかり忘れていた。
「・・・実は殿の頼みで縁談を受けなければならなくなった」
趙雲の言葉にドキっとする。
は上半身を起こす。
「縁談・・・」
趙雲は不安そうな顔をしているを抱きしめる。
「話をするだけなんだ。私が好きなのはだから」
「うん・・・ありがとう」
は趙雲の優しい言葉に安心する。
今までの不安が嘘のように小さくなっていく。
「ねえ・・・子龍・・・」
「ん?」
「その縁談が終わった次の休みにさ、一緒に城下に行こう?」
「ああ、約束しよう」
は趙雲の温もりにしばらく体を預けた。
(ここで、口付けでもしてくれらたもっと安心出来るのに・・・)
そう、この二人、この半年間口付けをしていなかった。
手を繋いだり、抱き合ったりはするものの、口づけより先はない。
(でも、子龍なら大丈夫・・・大丈夫・・・)
は自分を言い聞かせるように心の中で唱えた。
趙雲の縁談の日がやってきた。
はただ黙々と自分の仕事をしていた。
「、少し見に行かなくていいの?」
「ん?何が?」
仕事仲間で仲の良い凛々が声をかけてくる。
「何がって、趙雲様の縁談よ!」
「あぁ、それ?行かないよ」
淡々と答え、仕事の手を休めない。
そんな姿に声が荒くなる凛々。
「心配じゃないの!?」
「心配ないわけじゃないけど、私が行った所でどうにかなるわけじゃないし、殿の顔に泥を塗りたくないし、それに私はただの女官にすぎないのよ。何かの地位があるわけでもないし」
「そうだけどさ・・・」
もっともな答えに凛々は俯く。
その間にもは自分のノルマを終わらせていく。
「こんな私が恋仲になれただけでも奇跡なのよ・・・」
の呟きに凛々はそれ以上何も言わなかった。
一方、趙雲は劉備の隣りに座り、向かいの少し下腹の出た初老の男の話を聞いていた。
男は昔からの権力者で、身なりは豪華な装飾品で着飾っていた。
「いや〜やはり趙将軍は逞しいですな!」
初老の男は豪快に笑う。
「・・・美しいですわ・・・」
趙雲の正面に座っている女は頬を赤らめて言う。
「そんなことはありません」
「謙虚なところもまたいい男ですな!どうですかな?うちの娘、春玲は?」
「可愛らしい方ですね」
趙雲は春玲に笑顔を向ける。
それを見た春玲は照れたように俯く。
「そうだろう!」
初老の男は満足そうに笑う。
「娘を嫁にどうだね!?」
初老の男の言葉に劉備と趙雲は驚いた。
当初の話ではそういう事ではなかったのだ。
「いえ・・・私には心に決めた人がいますので」
趙雲の言葉に初老の男は反応した。
「何!?それではそのような者がいながらこの場に来たというのか!無礼だぞ!!」
初老の男は突然怒り出す。
春玲も泣いているのか肩を震わせていた。
「しかし!話では!」
男の変貌振りに劉備が止めに入る。
「私の娘より良い娘などいるはずがない!娘を知らないからだ!!そうだ!娘と一緒に暮らしたまえ!そうすれば娘の良さがわかるだろう!」
「しかし!!」
「娘を知らないで断るなど無礼だ!娘を知った上で断るのならば、こちらも諦めよう!」
男は最初からこれを狙っていたのだろう。
趙雲と劉備は顔を合わせため息をついた。
「ならば、期間は一ヶ月でよろしいかな?」
劉備はせめてもと期間を提案した。
「いいだろう。趙将軍よ、娘を頼むぞ」
「はぁ・・・」
春玲は嬉しそうに趙雲を見ている。
こうして縁談は終わった。
縁談が終わり戻ってきたと知らせを聞いたは趙雲を探していた。
「子龍・・・早く会いたいよ・・・」
ちょうど中庭に出た時、正面から趙雲が歩いてきたのが見えた。
何か話しながら歩いているようだったが構わず声をかけた。
「子龍!」
の声に趙雲は正面を見ると手を振ってこっちに向かってくるがいた。
「」
「お帰りな・・・さ・・ぃ・・・」
趙雲に近づくとさっきは見えていなかった小さくて若い可愛らしい娘が横にいた。
は思わず固まった。
「初めまして、私、春玲と申します。趙雲様の恋人になるため一ヶ月一緒に暮らすことになりました」
笑顔で言う春玲の言葉の意味がわからず、趙雲に説明を求めるように見る。
「詳しい話は後でします、春玲、だ、私の恋人だ」
「ど、どうも・・・」
「あなたが・・・」
春玲は上から下までジロジロとを見る。
「では、行こう」
「はい、趙雲様」
歩き出した趙雲を追って春玲はの横を通る。
「貴女が恋人なんて、身分をわきまえたらどうなの?」
そう言い残して行ってしまった。
はただ呆然と二人の後ろ姿を見ていた。
その日の夜。
少し遅い時間だったが、趙雲はの元に訪れた。
「すまない・・・こんなはずではなかったんだ・・・」
申し訳なさそうに頭を下げる趙雲には苦笑する。
「何か理由があるんでしょ?何となく予想はしてるけど」
趙雲は今日あった縁談の内容を包み隠さず話した。
それを聞いたは呆れていた。
「親バカにも程があるでしょ・・・」
「一ヶ月と殿が仰って何とか落ち着いたんだが・・・」
趙雲は大きなため息をつく。
その姿にまたは苦笑する。
「一ヶ月なんてすぐだよ、それから城下に一緒に買い物しに行こう」
「すまない」
趙雲は申し訳なさそうに言う。
「いつもの桃まん買ってね」
「ああ、一緒に食べながら買い物しよう」
帰ろうと扉に向かった趙雲の背中には寄りかかる。
「子龍・・・私は大丈夫よ・・・」
趙雲は振り返り、を抱きしめる。
「私はだけだ・・・」
そう言うと趙雲は自室に帰っていった。
(本当はね不安なんだよ・・・)
のこの想いは趙雲の耳に入ることはなかった。
それからというもの、趙雲の隣りにはいつも春玲がいた。
は趙雲を遠くから見ていることしか出来なかった。
「ちょっと!!!」
声を荒げて来たのは凛々だった。
「あのずうずうしい女は何なの?!」
「春玲さん、子龍の縁談相手」
淡々と答えるに凛々は呆れる。
「あんた、不安じゃないの?」
凛々の問いには手を止める。
「不安で一杯だよ・・・私なんて特に何が出来るわけじゃないし、あっちは良家の娘だけあって一通り何でも出来るしね。正直取られるんじゃないかって思うよ」
「なら!趙雲様にそう言いなさいよ!」
「子龍の負担にはなりたくないの・・・だから私は子龍の言葉を信じて待つしかないのよ」
苦笑して言うに凛々は同情する。
「ねぇ。凛々は今幸せ?」
「え?私?幸せよ?」
真面目な顔で聞かれ凛々は不思議に思う。
凛々は姜維と恋仲だった。
似たような立場でお互いに相談しあったりのろけあったりしていた。
「私も、不安だけど幸せよ」
そう言っては仕事を再開させる。
の横顔に凛々はもうそれ以上その話をすることはなかった。
は仕事を終え、いつもの裏庭で空を眺めていた。
空では鳥達が自由に飛びまわっている。
「春玲、前を向いて歩かないと転びますよ」
「大丈夫ですわ」
突然、趙雲と春玲の声が聞こえ、思わず気配を殺し隠れる。
「もし転びそうになっても”子龍様”が助けてくださるでしょ?」
春玲が趙雲の字を呼んでいることに愕然とする。
「子龍様、私、城下に行ってみたいです」
二人は足を止め、話をしているようだ。
は両手で耳を塞ぐ。
「・・・わかりました、次の休みに行きましょう」
「わぁ!嬉しいです!」
春玲は趙雲の腕に抱きつく。
「歩きづらいのですが・・・」
苦笑する趙雲に、春玲はお構いなしだ。
二人は歩いて行ったのか、声は聞こえなくなった。
(子龍・・・本当に私だけよね・・・)
は流れ出る涙を止めることは出来なかった。
春玲が来てから半月が経った。
趙雲は春玲になびく事はなくただ時間だけが過ぎていっていた。
その事に腹を立てた春玲はを呼び出したのだった。
「何か御用でしょうか?」
は何を言われるのかとドキドキしながら春玲の言葉を待つ。
「どうして女官なんかのあんたに子龍が入れ込んでいるのか理解に苦しむわ」
春玲は鋭い目つきでを見る。
「あんたのような身分の低い者より私のようなそれ相応の身分の者の方が良いに決まっているのに」
は反論してやりたかったが、面倒なことになったら困るのでただ黙って聞いていた。
「ねぇ。あそこに子龍がいるの見える?」
春玲の指差した方には一人調練をしている趙雲がいた。
「一人で調練してますけど?」
は振り返るとすぐ後ろに春玲がいて驚く。
「私とあなた、同時に落ちたらどっちを助けるでしょうね?」
「へ?」
春玲の言ったことを理解する前には窓から突き落とされる。
かろうじて窓枠に手がかかりぶら下がった状態になる。
それを確認した春玲は自分も同じような格好になる。
「きゃぁ!助けて!!」
「どう・・・して・・・?」
はこの春玲の行動がわからなかった。
一人調練をしていた趙雲は突然叫び声が聞こえ、そっちの方向を見ると、と春玲が二階の窓から落ちそうになっていた。
「!春玲!」
急いで二人の足元に駆けつける。
「どうしてこんなことに!」
「子龍様・・・助けて・・・」
春玲はか細く助けを求める。
「一人ずつ手を離すんだ!私が必ず受け止める!」
「私・・・もう・・・」
春玲はずるっと今にも落ちそうになる。
「春玲さん・・・先に・・・」
は必死にしがみ付く。
「そんなんじゃ意味がないのよ。一緒に落ちるのよ」
にしか聞こえないような声で言うと春玲はの手を窓から離させると一緒に落ちる。
ドザッ!
趙雲に受け止められたのは春玲だった。
は頭を庇うようにして腕から落ちたため、地面にうずくまり、腕を押さえていた。
「!大丈夫か!?」
「大丈夫・・・ちょっと擦れただけだから・・・」
春玲は満足そうな顔をして見下ろしていた。
「子龍様!怖かったです!」
春玲は趙雲の首に抱きつく。
「私は大丈夫だから念のために春玲さんを医務室に連れて行ってあげて?」
腕を押さえながら立ち上がるに趙雲は何か言いたそうだったが、は小さく首を振って、医務室に行くように促す。
趙雲は小さくため息をつくと春玲を抱えたまま医務室へと向かった。
腕を押さえながら仕事に戻ったに凛々は駆け寄る。
「どうしたの?」
「ちょっとね」
苦笑しながらは擦りむいた腕を凛々に見せた。
「うわ〜、痛そうね・・・今消毒してあげる」
「ありがとう」
救急箱を持ってきた凛々は腕を消毒して包帯を巻いてくれる。
「あいつに呼び出されて何があったの?」
「窓から落ちたの」
はこうなった経緯を凛々に話すと凛々は怒り出す。
「今回はこんなので済んだけど、打ち所が悪かったら死ぬのよ!?」
「大丈夫よ。私そんなに柔じゃないから」
「そういう問題じゃないでしょ!これは劉備様に言うわよ!」
そう言って凛々は椅子を立つ。
は慌ててその腕を掴む。
「駄目よ!もし、あの子の父上が文句言ってきて結婚させられたら困るもん!」
「まぁ・・・確かにね・・・」
勢いを殺がれた凛々はまた椅子に座る。
「それにあともう少しなんだもん我慢しなきゃ」
の言葉に凛々は同情した。
あれから何事もなく、あと二日で約束の一ヶ月が過ぎようとしていた。
「あと二日ね!あいつがいなくなると思ったら清々するわ」
凛々はと一緒に仕事をしながら言う。
はただ苦笑して仕事をする。
「・・・ちょっといいかしら・・・」
そこに現れたのは今話の話題になっていた春玲だった。
は手を止め、春玲と向かい合う。
「何でしょうか?」
「ちょっと来てもらえる?」
凛々が口を出そうとしたが、が首を振って抑制する。
「わかりました」
は春玲の後について行った。
只ならぬ雰囲気をしていた春玲に不安を覚え凛々は姜維と趙雲にこの事を知らせに走った。
二人が来たのは裏庭だった。
春玲の雰囲気が今までと違うことには少し恐怖を感じた。
「何でしょうか?」
「私はお父様の為に子龍と結婚しなきゃいけないのに、子龍は全然私を見てくれない・・・」
俯いたまましゃべるのでどんな表情をしているか分からなかったが普通ではないような気がした。
「それでね、私考えたの。どうしたら子龍は私を見てくれるか」
そう言うと春玲は笑顔で顔を上げる。
「あなたがいなくなればいいのよ」
「はい?」
言っている意味がわからず首を傾げるに笑顔のまま春玲は続ける。
「私と子龍の幸せの為にここで死んで」
春玲の手には短刀が握られており、刃先はの方を向いていた。
「何を・・・言ってるの?」
は恐怖で後ずさる。
「ここで死になさい!!」
春玲は大声を出すとに切りかかる。
何とかギリギリでそれを避けるだったが、木に背中が当たり、逃げ場を失う。
冷や汗が背中を伝う。
「死ねっ!!」
一際大きな声を出し、春玲はを刺す。
「伯約!趙雲様!あそこに!!」
丁度が刺された時、姜維と趙雲を連れた凛々が見たのは木を背に春玲に刺されただった。
「!!」
「何てことを!」
はゆっくりと倒れる。
趙雲はに駆け寄り刺されてあふれ出す血を押さえる。
姜維は春玲の手から短刀を叩き落としから引き離す。
「!しっかりしろ!」
「し・・・りゅ・・・痛いよ・・・」
力弱く趙雲の服を握る。
押さえてもあふれ出す血。
の顔色も悪くなっていく。
「趙雲殿!ここは任せて早く典医殿の所へ!」
姜維に後は任せ、趙雲はを抱え、医務室へと急いだ。
幸いにも、急所は外れており、すぐには回復した。
あれから春玲は城内から出され、父親の元へと戻っていった。
波乱に満ちた縁談はこれで幕を閉じたのだった。
「ねぇ、子龍?」
「ん?」
「刺された時ねもう死ぬんだって思ったんだ」
と趙雲は約束の城下に買い物にきていた。
人ごみの中をはぐれないように手を繋いで歩いている。
「その時思ったことがあるんだ」
「何を思ったんだ?」
優しくこっちを見ている趙雲に少し照れる。
「秘密!桃まん買ってくれたら教えてあげる!」
いつも行く点心店を指差しは趙雲を引っ張る。
そんな姿に趙雲は微笑む。
桃まんを買い、近くの河原で座って食べる。
「あの時ね、最後に一度だけでいいから子龍と口付けしたかったなぁって」
は照れたのか桃まんに噛り付く。
趙雲は一瞬目を丸くしたがすぐに優しく笑う。
「口付け・・・したいですか?」
「い!いいのよ!ほら、私生きてるしこれからならいつでも出来るでしょ」
今すぐして欲しいわけじゃないのよ!っと慌てるに笑う趙雲。
「そうですね、これからはいつでも出来ますね」
そう言って趙雲はの頬を包み口付けをする。
は突然のことに放心する。
すると趙雲は耳元で
「今まで口付けしなかったのは、これよりも先のことをしたくなるからですよ」
今度は顔を真っ赤にするに趙雲はさらに続ける。
「責任取ってくださいね」
「へ?責任?」
「今夜は部屋に返しません」
「え?ちょっとそれは急すぎるんじゃ」
抵抗するに趙雲は笑顔で言う。
「もう十分待ちました。誘ったのはですからね」
そう言うともう一度口付けをし、今宵二人は一つになれたのだった。
執筆者 : 羽紋様 サイト : 妄想の海様
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