遠呂智が待っていると宣言した土地に、蜀軍は陣を展開していた。
広大な戦地に、数え切れない程の将兵がいる。
ここを最終決戦の場としてしまうために。

 あまりの広さがあり、軍は三方に分かれて張っている。
東側を上るものと、西側を上るもの。
そして、一番の的になるのが確実な、中央を進むもの。

 その中央軍の中に、と陸遜、太公望は居た。

 「殿、大丈夫ですか?」

 「ええ」

 軍の配置はすでに終わっていて、あとは進軍の合図を待つだけになっている。
そんなとき、並んで立っていた陸遜はを見た。
成都にいる間でも術の効き目が薄くなると、聞こえていた声。
それが近い場所に居るこの地で、影響が出るのは否めない。

 「私はどれほど望まれたとしても、魔王のものにはなれませんもの」

 聞こえてくる声は、意識的に遮断するしかない。
それに一応術の掛けられた装飾品を身に付けている。
それも敵本陣に近付けば、役に立たないかもしれないが。

 「何かあればすぐに呼んで下さいね」

 「はい」

 実際戦が始まれば、そんな余裕もないと思う。
けれど陸遜はそう約束をして、も笑顔で答える。
それだけで充分だった。

 「そろそろのようだな」

 二人の会話を黙って聞いていた太公望が、静かに漏らす。
彼が見ていた遥か前方からは、異形の兵がこちらに向かってきていた。
それを見た者達に、ぴりっと緊張が走る。

 「いよいよ、ですわね」

 「今度こそ、決着を付けましょう」

 太公望達の話によれば、遠呂智は昔に犯した罪により、滅びることを許されていないらしい。
けれどここまで被害が広がってしまったがために、その償いも検討しなければいけない。
滅びなければこの世界は戻らないかもしれないし、再び同じことが起きる可能性もある。
その手助けをする者たちも全て罰しなければ一緒だろう。

 「さあ、物語の最終章を始めようか」

 太公望の一声と同時に、進軍開始の合図が味方全軍に広がった。




















 進軍を始めた直後、偵察から中央にある三つの門が全て閉まっていると報告があった。
それは遠呂智軍の本陣側へ行くためには、越えなければいけないもの。
まずはどうにかして扉を開ける必要があった。

 「そのようなもの、我が仙術の前には無意味だ」

 太公望が術で開けると宣言し、中央へと進軍していく。
もちろんそれを阻止するために敵軍が押し寄せてきて。
道を開くために、と陸遜は前に躍り出た。

 「私達の邪魔はさせませんわ」

 「潔く退いて頂きましょう」

 二人の連携が取れていて、雑兵では歯が立たない。
次々に異形の兵が倒れていくのを、太公望は戦いながら見る。
一人の力では及ばないであろう敵にも、二人でならば全然余裕で。

 粗方倒したところで、びくっとが震えた。
その直後に、何もない場所で竜巻が発生する。

 「足止め、ですか」

 ふうと陸遜がため息を吐く。
いつもいつも同じような手を使っていて、面白みがない。
これも術者さえいなくなれば止まるものだ。

 「二人いますね・・・陸遜様、東の方をお願いできますか?」

 私は西を、と言うと指笛を吹く。
暫く待っているとそこへの愛馬が走り込んできた。
同じように馬を呼んでいた陸遜と背中を向ける。

 「すぐに戻ります」

 言うと陸遜とは術者を倒しに太公望から離れた。















 竜巻が収まり、その後出てきた幻影兵も消し去ってから、太公望は術の準備に入った。
扉の前でそれに集中している彼を守るために、と陸遜は奮戦する。
邪魔をさせるわけにはいかない。

 その術で扉が開けば、劉備の高々とした進撃の号令が上がる。
それで士気が上がった蜀軍は、怒涛の攻めで上り詰めていく。
そこで、人の強さというものを、太公望は実感していた。

 東西両翼からも兵は上がってきていて。
最後まで遠呂智側に付いていた伊達軍も、撃破の朗報が入っていた。
三方に足並みが揃ったところで、敵陣の中へと踏み込んだ。

 「数が凄いですわ・・・」

 敵の本陣へ近付けば近付くほど、敵の数は増えてくる。
先程も増援が現れて、一時味方が圧されてしまっていた。
そこに、大きな力が加わっていて。

 「どうかしたか?」

 「いえ・・・妲己さんと卑弥呼さんも進軍を開始したようですわ」

 あの二人ほどの力が動けば、すぐには分かった。
あともう一つ、動く気配がないものは、間違いなく遠呂智のもので。

 「私が卑弥呼に当たってきましょう。太公望殿、殿をお願いします」

 言うとすぐに陸遜は馬の手綱を引き、去った。
その場に残った太公望とは湧いてくる雑兵を倒していく。
人間の三倍から四倍はありそうな武将は、すでに沈んでいて。

 「陸遜様は心配性ですわ」

 「過保護なだけだろう」

 苦笑してが言えば、肩を竦めて太公望が返してくる。
それがおかしくて、二人して笑った。
戦場だというのに、その場だけが和やかだ。

 (どっちもどっちだとは思うがな)

 口にはしないものの、太公望はそう思っていた。
普段から遣り取りされている、陸遜との関係を。

 「さて、妲己に止めを差しに行くとするか」

 周りに動いている敵がいないことを確認すると、二人は妲己のいる方へ向かった。















 二人が妲己と対峙している間に、卑弥呼と決着を付けた陸遜が合流した。
三人の周りには妲己を始めとして、数人の敵将がいる。

 「あの卑弥呼という娘、どこか不思議な感じがしました」

 「分かりますわ」

 少女からは、普通ではない力が感じられていた。
そのせいなのか、纏っている雰囲気も、どこか不思議な感じがしていて。
真っ向から対峙して、分かったと陸遜が言う。

 「お喋りしてる余裕があるのねっ」

 二人のところに球体の得物が飛び込んでくる。
ふわりと跳んで避けたと陸遜は、距離を取った。
二人の間に妲己を挟むようにして、間合いを取る。

 「貴方たちみたいなの見てると、こっちがおかしくなりそうよ」

 「僻み、ですか?」

 「誰がっ!」

 あー嫌だわ、と首を振っていた妲己に、陸遜が決定打を浴びせる。
それで逆上した妲己は、陸遜に向かって走り出す。
それと同時にも動いていた。
もうその手には、小太刀も握られている。

 「図星でしょう」

 まだ陸遜は妲己を煽る。
怒るのを分かっていて、わざとそうしているようで。
注意力が散漫になっている妲己は、嵌められているのも気付いていない。

 双剣で妲己の得物を弾きながら、目で合図を送る。
それを妲己の背後で受け取ったは、一気に踏み込んだ。
弾かれたことで回転の感覚がずれたところに、は後ろから斬り込んで。
その存在に妲己が気付き、気が逸れたところを正面から陸遜が貫いた。
もう一度も二本の剣を突き立てる。
四本の刃に身体を貫かれた妲己は、今度こそ崩れ落ちた。

 「もう、生き返りません、よね?」




















 あとは本陣に残る遠呂智だけとなり、全軍がそこへ押し寄せていく。
その中にいたも、順調に進んでいたが、途中で足を止めた。
耳を塞いで蹲ってしまう。

 「殿、大丈夫ですよ。私がいます」

 魔王の声と戦っているを、陸遜は強く抱き締める。
その様子を見ているものは、一人としていなかった。
太公望も、先に進んでしまっている。

 「絶対に大丈夫です」

 閉じている瞼や鼻先、頬に唇を落としていく。
額の標に唇が触れると、それが光った。
色と同じく、赤い光を放って。

 「消えましたわ―――」

 光が収まるとは顔を上げた。
耳を覆っていた手も外れ、目も開かれている。
何事もなかったように、立ち上がって。

 「行きましょう、陸遜様」

 「そうですね」

 軽く唇同士を触れさすと、二人は皆の後を追って走った。















 『来たか、我の元へ』

 「ええ、来ましたわ」

 の姿に気が付いた遠呂智は、こちらに向かってくる。
それを見て陸遜が守るようにしての前に出た。
けれどはそれを制して、横に並ぶ。
細剣の切っ先を、しっかりと遠呂智に向けて。

 「永遠の別れを言うために」

 魔王へ侍るために来たのではなく、魔王を永遠に葬るために。
きらりと漆黒の瞳が、意志を持って光る。
そこにはいままで感じていた恐怖も、何もない。

 「もう、終わりにしましょう?」

 小さく首を傾げて、遠呂智に問い掛ける。
頷くとは思えなくても、言っておきたかった。

 が一歩踏み出したのを合図にして、ぐるりと遠呂智を囲っていた武将が動き出す。
光線で弾き飛ばされながらも、諦めの色を見せるものはいない。
耐えて耐えて、一撃に込めて得物を振るう。

 そこにはひとつの目標に向かった、強い団結した力が在った。

 太公望の攻撃で落ちてきた玉が目晦ましになる。
それへ向かって陸遜が走り、玉を踏み台にして遠呂智に斬りかかった。
放たれた光線を空中で身体を捻って避け、その懐へ落ちていく。
それと少しの間を置いて、が同じように続いていた。
陸遜の刃を受けて地に着いていた魔王の身体に、あるだけの力を込めて剣を突き立てる。
陸遜と同じようにその場から飛び退くと、残ったのは細剣を立てた魔王だけだった。

 ぴくりとも動かない魔王に太公望が近寄って、何かを呟く。
ざあっと風が通り抜けて、残ったのはの剣だけだった。
そこに確かにいた遠呂智は、もう存在しない。




















 「終わりましたね」

 「はい―――――」

 勝利を喜ぶ中で、二人は空を見て佇んでいた。
二度目の悪夢も、去って。
今度こそ夢から覚めることを祈って。

 「太公望殿はどちらに?」

 「私も見ていないのですわ」

 姿が見えない仙人に、誰が気付いたのか。
あっという声で、その場にいた全員が丘の上を振り返る。
そこに馬に乗った太公望が居た。

 「人の持つ強さ、よく見せてもらった」

 太公望の尊大な言い方が、荒野に良く響く。
誰も何も言わず、じっとそれを見ていて。

 「今後何があっても貴公達ならば大丈夫だろう」

 仙人はもう必要ない。そう言うと、強い風が吹いた。
誰もが一瞬目を閉じて、次に丘を見るともう太公望の姿はない。
忽然と立ち去った仙人に、周囲は呆然とするだけだった。

 「認めて頂けた、ということでしょうか?」

 「そうでしょう、きっと」

 始めのうちは『人の子』を全然信用していなかった太公望だった。
使いはしても頼ることなどなく、すべて己の手で進めていて。
その彼が最後の最後であっても、人の力というものを、信じた。

 「とても、素晴らしいことですわね」








 とても強い信じる心で繋がれた絆は、いまここで完全に咲き誇った―――――
















以前、投稿させて頂いたOROCHI連載『繋がれし絆』から約1年・・・
今度はその続編としてOROCHI再臨を舞台として書かせて頂きました


世界観をちゃんと表せているか、独特のキャラらしさが出ているか―――
何より、読んで下さっている方々に楽しんで貰えているか―――――
不安も多い部分がありましたが
こうして無事、最終話を迎えられていまは安心しています


前作のように番外編、というのはいまのところ考えていません
何かあれば、とは思うのですが・・・


ともあれ、このような連載を2度に渡り掲載することを許可して下さった主催者の焔様。
『ふらりふらり。』に参加できたこと、とても嬉しく思っています
そして、いままでお付き合い下さった読者の方々
本当に、ありがとうございました!!


著 : 葵 紫緋 様











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