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  「わざとだったのでしょう?二人を逃がしたのは」

 妲己と卑弥呼に逃走されて、一個隊がその追跡に当たっていた。
誰があの二人を助けに来たのかも、大体の予想は出来ていて。

 「何の話だ?」

 「二人を逃がして追跡し、そこにいる敵を一度に葬るための」

 あんなに分かり易く、二人の護送を行なったのも。
いくら術を掛けてあるといっても、薄すぎた警備も。
それが次へ繋げるための作戦ならば納得がいく。

 「さあ、どうであろうな」

 陸遜に何を言われようと、太公望は考えを表には出さない。
それはまだ人間を信用していないのだろうと思わせて。

 「どうなるにせよ、やるべきことは決まっていますがね」

 これ以上何も聞き出せないだろうと、陸遜は諦めを見せた。
変わらない表情からも、何も読み取れなくて。
こうなれば、逃げた二人の結果がどうなっても、やることは一つだけ。

 「そう。すべて倒せばいい」

 くすりと笑った太公望を陸遜は見る。
睨み付けるでもなく冷めた目でもなく、極普通の色で。

 「朗報だ、陸遜将軍」

 二人が向き合っているところに、伝令が入ってきた。
妲己と卑弥呼を追っていた隊からの報告らしい。
書簡を開いた太公望は、企みが成功した笑みを浮かべている。

 「居場所が分かりましたか」

 「ああ。清盛もいるらしい」

 「では、早急に軍を編成しましょう」

 座っていた椅子から立ち上がり、陸遜は足早に去っていった。
これから劉備や諸葛亮を交えて、話さなければいけない。
それも一刻を争うほど、迅速に。

 「物語りも最終章に入るか―――」

 ぽつっと呟かれた言葉は、誰の耳にも入らない。
一度目を閉じた太公望は、立ち上がり陸遜の後を追った。




















 趙雲を始めとする面々が、清盛を始めとする遠呂智軍の野望を阻止するために派遣された。
場所は、かつて遠呂智の居城となっていたところだ。

 そこに、明灯は行っていない。
あの捕らえられていたことのある場所に、陸遜は行かさなかった。
そして、陸遜自身も城に留まっている。
太公望も今回は報告を待つ、と出陣しなかった。

 戦が始まれば、また軍議が忙しくなっていて。
陸遜は以前と変わらず篭りっぱなしになっている。
顔を見るのは小時間の休憩間くらいだけだ。

 「明灯将軍」

 回廊を歩いていた明灯は、太公望に呼ばれて庭へ向かった。
いつも明灯や陸遜が休憩しているのとは違うところ。
ここに来たとき初めて太公望を見た場所だ。

 「何かご用ですか?」

 行った先には、何故か左慈もいて。
仙人二人を相手にした明灯は、どういった用事なのか検討も付かない。

 「少し聞きたいことがあってな」

 「単刀直入に言おう」

 先に口を開いたのは左慈だったが、その直後に太公望も言葉を重ねる。

 「貴公の先祖は仙界の者ではないのか?」

 「え―――――?」

 一瞬何を言われたのか、と明灯は絶句した。
そのようなことを言われたのは初めてで、また考えたこともなくて。
妙に確信を持って聞いてきている二人が不思議なくらいだ。

 「その額の標、生まれつきであろう?」

 「え?あ、はい」

 明灯は言われた額に手を当てる。
赤い色でそこにある標は、確かに生まれつきあったもので。
意味は知らないが、特別思うこともなく過ごしてきていた。

 「失礼する」

 一言断りを入れてから、太公望は明灯の額に手を触れた。
するとその部分がぱあっと光って、熱を持つ。
反射的に明灯は目を閉じていた。

 「やはり、な」

 触って何かが分かったのか、太公望は一人納得していた。
それに触れたことで何かが見えたのかもしれない。
そのまま二人で話を進めてしまっている太公望と左慈に明灯は説明を乞うた。















 明灯は、自分の中に流れている血のことを知った。
太公望が額の標から感じたことに依れば、確かに仙人が祖先にいるとのこと。
その血も、もういまとなっては感じられないほど薄まっていて。
それが明灯の持つ漆黒の髪と漆黒の瞳に現れている。
基本的に仙人は色素が薄いのだと言っていた。

 けれどその消えかかっていた血が、明灯には濃く出ているのだと。
外見には分からずとも、感覚として。
気配だけでなく、卑弥呼や妲己の不思議な力を感じられるのはそのせいだろうと。
自分の中に特殊なものを持っているために、特殊なものに対して反応する。

 それが、遠呂智をも惹き付けている。

 あまり気にすることではない、と言われても暫く明灯はそのことで悩んでいた。
恐らく太公望達に会っていなければ、死ぬまで知らなかった事実を。
何か変わった力を持っているわけではなく、感じられるだけ。
ならば今後何事にも影響を及ぼすことはない、と。

 陸遜に様子がおかしいと心配されても、何も言えなかった。






 「きゃあぁぁぁぁ―――――っ!」

 太公望と明灯が話していた日から数日後、城内に悲鳴が上がった。
その声が誰のものか分かり、一斉にみんなが駆け付ける。
数人が集まっても大丈夫な広さのある部屋で、明灯が耳を押さえ蹲っていた。

 「明灯殿!?」

 「明灯っ、どうしたの?」

 行なっていた軍議も放り出して駆け付けた陸遜は、明灯の身体を抱き締める。
その横から尚香も肩を抱くようにして。
落ち着くようにと思っても、明灯の震えは止まらない。

 「何があった?」

 「分かりません。ですが明灯殿が」

 誰が近くにいるのかも分かっていないほど、錯乱している。
耳を押さえたまま、いやいやと頭を振っていて。
その瞳から涙が止め処なく流れていく。

 「まさか―――」

 何か思いついたらしい太公望が小さく何かを口ずさむ。
すると明灯達三人を包み込む光が出来上がる。
そうして暫くすると、明灯がそっと顔を上げた。

 「明灯殿、大丈夫ですか?」

 その時初めて陸遜の姿を見止めると、小さく頷き、その腕の中に顔を埋めた。















 明灯の騒動があって二日後、戦地から伝令が届いた。
そこには遠呂智復活を阻止できなかった、と記されていて。
そのことを事前に知っていても、城内の空気は重くなっていた。

 実のところ、明灯にあったことは、少しの人間しか知らない。
あまりそのことが公になっても、困るだろうと判断したからだ。
だから、極一部の、絶対に信用できる上の人間しか知らなかった。

 「明灯、様子はどう?」

 「大丈夫ですわ、尚香様」

 出来るだけ広い部屋で明灯は誰かと過ごすようにしていた。
その隣には常に陸遜が居て。
どうしても陸遜がいれないときは、尚香が一緒だった。

 「太公望様の術が効いているのでしょう。何も聞こえませんわ」

 あの日、明灯は思い出したくない声を聞いていた。
滅んだはずの、魔王の声を。
ずっと耳元で、我の下に来い、そう囁かれていた。
太公望が術で遮断するまで、ずっと。

 そのことで、遠呂智が復活してしまったのだと、知った。

 これを機に、明灯は陸遜と尚香にだけ、あの話をした。
太公望から聞かされた、祖先の話を。
どんな仙人だったのかは分からないが、普通の人と違っていたのは確かだったから。

 話を聞いても別段、二人の態度は変わらない。
どんな血が流れていても、祖先が仙人でも、明灯は明灯で変わりはないから、と。

 「だから明灯はそんなに美人なのね」

 そう尚香がしみじみ納得して言っていたくらいだ。
それに何故か陸遜も同意していたけれど。

 いま蜀全体で、遠呂智に立ち向かうための準備をしている。
復活した魔王は、態々再会の場所を指定してきたと趙雲が言っていた。
そこは蜀にとって、とても因縁の深い場所。

 「いまはどうなっているのですか?」

 「一応偵察を送ってるみたいだけど」

 戦前の、出陣する武将を全員交えた軍議にも明灯は出席していない。
尚香は出るらしく、時々顔を出していた。
いまもその話し合いの途中で、陸遜は居ない。

 「数日中に出るそうです」

 そこへ陸遜が帰ってきた。
その後ろには太公望と左慈も居て。
それぞれ、空いている場所に座り込む。

 「して、明灯将軍はどうする?」

 「私も、出ますわ」

 きっぱり言った明灯に誰も反対はしない。
そういうだろうと、予め想像していたから。
ただ問題なのが、声、だ。

 「遠呂智に近付けば術も破られるだろう。それでもか?」

 「ええ。これは、自らの力で断ち切らなければいけないものですから」

 それに、と明灯は続ける。
その瞳に宿っているのは、とても輝きを増した光だった。

 「皆様と一緒であれば、私は負けませんわ」

 凛と言い切った明灯の持つ絆と、それを支えている心が咲き誇ったのを、見た。




















 それからは、明灯も出陣の準備に混ざっていた。
以前の誰をも魅せる笑顔も戻っている。
そうなれば安心だと、周りも感じていた。
そしてその笑顔に、軍全体の士気も、底上げされて。

 出発前夜、披露した明灯の舞で、蜀軍は勝利を誓った。











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