夢を見た。
 昔のようで、凄く最近な感じもする夢を。
 闇に包まれた中で、繋がれていた手をそっと離す自分が居る。
 離した先には不安を湛えながらも、前に進む強さを見せる瞳がある。
 どうか、どうか、と願って自分は彼に背を向けた。
 向こう側で彼も背を向けた気配が伝わってくる。
 手を離す直前まで感じていた温もりだけを抱いて、暗黒の中へ身を投じた。
 また光見える日が訪れることだけを信じて。






 ―分かたれたぬくもりを繋ぎ直せる時を思って―











繋がれし絆










  ふと目が覚めて、ゆるゆると身体を起こした。
まだぼんやりとしている頭を動かして、自分はどこに居るのかを考える。

 (なぜ・・・・・・)

 見ていた夢の内容を思い出して、項垂れる。
あれは幻想でも何でもない。
自分が経験した過去の忠実な再現だ。
ただそれを第三者視点で見ていただけに過ぎない。

 己が身を置く場所が、どろどろとした重苦しい空気を纏う奇怪な城の一室だと確認する。
ここへ来て、もう何日くらい経ったのだろうか。
時間を知る術もなく、外に出ることも許されない我が身を疎ましく感じる。
自分で選んだ境遇だとしても、煩わしい。

 「気分はどう?さん」

 完全に場違いそうな明るい声が聞こえてきて、顔を上げた。
そこには面白そうに笑ってこちらを窺っている女人が居る。
肌の白さや雰囲気から人ならざる者だと、一見しただけで分かる彼女が。

 「良からず悪からず、といったところですわ」

 少し作った感じになってしまった笑みを浮かべる。
いままでは自然に浮かべられていたそれは、この場では難しくなってしまっていた。
何かあるわけでもなく、何をするでもなく、この城の中は圧迫感があるのだ。
その空気に耐えるだけで心身は疲れ果て、思考までをも奪われていく。

 「そ?じゃーね」

 返答が気に入らなかったのか、彼女は立ち去った。
その後ろから付いていく一つの影に、笑みだけを送る。
目の端だけでそれを見たらしい影は、同じように居なくなった。
そうしてまた、静寂だけが訪れる。

 「陸遜様―――――」

 自分の耳に届くかさえ怪しいほどの小声で、無意識に口を付いて出た。
離れることを余儀なくされてしまった彼のこと。
何か忠告されるように見た夢が、不安ばかりを掻き立てて恐怖を生む。
ざわざわと胸の奥が波打って、危険だと知らしているようで。

 「―――陸遜様―――――――」

 外が見えない、本当に小さい明かりだけが頼りな部屋の中で、祈るようにしてまた名を呼んだ―――











 ある日突然、世界が歪んだ。
 ぐにゃり、という効果音が合いそうな感じで、本当に目の前が歪んだのだ。
 気が付いてみれば、自分の知らない光景が広がっていた。
 黒くひび割れた大地に、暗黒の空。
 建っていた建物はおかしな方向に傾いていたり、埋まってしまっていたり。
 見たことのない建物までが、混在している。
 つい先程まで笑い合っていた筈の人達の姿はなく、どこへ行ってしまったのか・・・・・・
 呆然と辺りを見回しているしか出来ない。
 暫くすると近くから自分を呼ぶ声がして―――
 ハッとして振り返ってみると、彼の姿が在った。
 その手に得物を携え、こちらへと走ってくる。
 知っている人と再会できて、ホッとしたのも束の間。
 彼の手を取り立ち上がった時には、異形の集団に囲まれてしまっていた。
 剣や槍といった武器を手に、異形の兵はジリジリと歩み寄ってくる。
 彼はそれらに得物を向けて警戒していて、自分も持っていた得物を抜いた。
 応戦して出来た抜け道から逃げ出して、どこかへ身を隠す。
 ずっと、そんな毎日を繰り返してきた。
 二人だけで何千何万という数を相手してきて、もう体力的にも限界が近付いていた。
 いま居る場所が、世界が、どこかも分からない不安から精神的にも辛い。
 それでも、命を狙われているのだけは分かったから、戦う他なかった。
 何日そんなことを続けてきたのか、全然分からなくなってきた頃・・・・・・
 遂に逃げ切れない、そんな状態にまで追い込まれてしまった。
 もう無理だと二人して諦めかけたとき、兵が割れて道が出来た。
 そこから現れたのは―――――――











 「ぅ・・・ん―――」

 目が覚めて暗闇の中に居ることを確認する。
何故かここ数日、ずっと嫌な夢を見る。
世界が歪んだ日のこと、彼と分かれた日のこと。
夢の中で彼の姿を見る度に、ギュッと心臓が潰されそうな痛みを感じる。

 「あ、起きてるのね」

 毎日、起きた直後に見る顔が今日も来る。
目を覚ます機を見計らっているのか、いつも外すことはない。
そして彼女の後ろには、同じように一つの影がある。

 「さんのお友達って元気ね」

 「孫呉の方が、どうかされましたか?」

 意味有り気に微笑んで、彼女は核心を教えることはない。
尋ね返してみても、にんまり笑って反応を面白がっているだけ。
そんなことを続けている。

 「なーんにもないのよ?」

 言い残して彼女はまた去っていく。
その後ろに付いている影も然り。
けれど通り過ぎる直前に、影はこちらを見て軽く口を動かした。

 『反乱』

 声は出ていない。
けれど口の動きだけで言っていることが読み取れた。

 (反乱・・・・・・)

 いまは少しずつだけど、情報が入ってきている。
自分が仕えていた孫呉のことも、その国の人達のことも。
一握りの情報を掻き集めて、やっと状況把握出来るくらいまでになった。
深く詳しいことはまだ分かり知れないけれど。

 (皆様方はどうされているのでしょう)

 捕まっている人が居るのも、捕虜となっている人が居るのも知っている。
中には捕まらず、逃げ延びている人が居ることも。
いまの状況を良しとしないながらも、従うことを余儀なくされていることも。

 「―――――っ―――!?」

 何もしていないのに、急に息が詰まる。
咳き込んで息を深く吸って落ち着けば、部屋の中の空気が一段と重くなっているのに気付く。
段々と呼吸するのも困難なくらいな圧迫感。
この城の中は、どこもそうなのだろうか。
出たことがないから分からない。

 身体を押し付けてくる空気に耐え切れず、またその場に横たわった。
















 『我は魔王・遠呂智』
 自分達の前に現れたのは、途轍もなく強大な人ならざる者だった。
 頭の中に直接響くような声で、淡々と語り掛けてくる。
 『この世界は我が支配するところ』
 全身に鎧を纏っているような身体。
 左右、違う色の瞳。
 何よりも背丈は人の二倍以上はあろうという大きさ。
 『我に従うか、ここで朽ち果てるか、選べ』
 そう言われて、ぎゅっと彼の手を握った。
 彼も何も言わずに握り返してくれる。
 視線だけは、その魔王から逸らすことのないように。
 『どうする』
 周りに居る異形の兵は武器を降ろして傍観している。
 いまならば、逃げようと思えば逃げられるかもしれない。
 けれど、目の前に在る魔王からの威圧感で、身体は動くことを知らない。
 『この世界は我の手の中にあり。殆どの者が従っている』
 逃げ道はない。
 ここで魔王に従い、生を永らえさせるか。
 手を拒み、命果てることを選ぶか。
 『さあ』
 出来れば生き延びたい、だけど手を取りたくもない。
 彼も考えていることは同じようだった。
 でも、逃げることは叶わない。
 『そなた・・・・・・』
 魔王の視線がこちらに向いた。
 ジッと射るように見られて、退きそうになる。
 『そなたが我と来るならば、そちらの者は逃がしてやろう』











 今日もまた暗闇の中で目が覚めた。
もうスッと身体を起こす力さえ残っていない。

 遠くからコツコツと歩く音が聞こえてくる。
いつもの、彼女だろう。

 「どう?さん・・・・・・って相当参ってるみたいね」

 身体を起こしていない状態を見られて、くすくす笑われる。
人の苦痛や不幸を本当に楽しむように。

 「もう口も利けないかな?」

 「・・・・・・いいえ、大丈夫ですわ」

 声は出せる。
ただそれにさえも体力を使うので、極力話したくないだけ。

 「そう?じゃあ、話し相手にでもなってもらおうかなー」

 いつもなら立ったままで話すだけ話して立ち去っていく彼女が、腰を降ろした。
背後の影は・・・・・・立ったままだ。

 「さんって軍師なんだってね」

 「ええ」

 どうにか腕に力を入れ、支えにして身体を起こす。
近くにあった柱に寄り掛かって、彼女を見た。
どこか面白くなさそうな顔をしている。

 「私も、遠呂智様の軍師なのよ。それも、大軍師」

 ふふっと彼女は笑う。
何を言いたいのかよく分からない話。
脈絡なく、ただ時間を使っているだけのように。

 「私とさん、どっちが上だろうね」

 首を傾げて聞いてくる。
どこか答えを期待しているように。

 「妲己さんの方では?私は本来軍師ではありませんでしたから」

 「やっぱりそう思う?」

 期待していた通りに答えたからだろうか、彼女は笑った。
楽しそうに目を細めて。

 一方的に話を進めていく彼女を、気が遠くなっていきながら見る。
そろそろ意識を保つのも限界になってきていて。
けれど彼女の前で気を失うわけにはいかない。
隙を見せると何をされるか、分かったものではない。

 「妲己様、そろそろ」

 「あ、本当。遠呂智様に叱られるわー」

 彼女の後ろに控えている影が、彼女を促した。
あ、っと何かを思い出したように彼女も立ち上がる。
正直、ホッとした。

 「じゃあね、さん」

 去っていく彼女と、後ろから行く影を見送った。
去り際に影が何か口を動かしていたのを、薄くなる意識の中で。






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