もうどれくらい時が過ぎたのだろうか。

 この異様な空気の漂う世界に巻き込まれてから。

 時空を歪め、この世界を創り出した本人は英雄達の刃に倒れたというのに。

 異形なこの場所は、元に戻る様子さえない。

 魔王を倒してから、一月以上の月日が流れようとしていた。

 散り散りになっていた者達は皆、己が主の下に帰還して。

 国の内部を固めながら、異形の残党の対処に当たっていた。

 まだまだ不穏な空気は漂っている。






 また、動くときが来る―――――













 咲き誇る心










 「お久しぶりですわ、尚香様」

 己が腕を試すため、無闇に戦を起こしていた呂布を退けた蜀軍の前には居た。

 「本当に暫くぶり。来てくれてありがとう」

 そんな彼女の前に立ったのは、国の姫君・尚香だ。
魔王が倒されてからというもの、尚香は夫君の居る蜀に身を置いていた。

 「ご無事で何よりです」

 「もね」

 微かに笑みを零し息を吐いたに、尚香も頷く。
各地に散っている仲間が無事でいることは、とても喜ばしい。
























 数が少ないと思われていた魔王・遠呂智の残党は、尋常ではない数を残していた。
それぞれの方向性の元で生活していた各勢力のところへ姿を現して。
束の間の平和を掻き乱すように、戦力を削るようにして攻撃を仕掛けてくる。

 もう遠呂智も、その腹心の妲己も居ないというのに―――
誰が彼等の指揮を取っているのか。

 が仕えている孫堅が治める呉にも、遠呂智残党の手は伸びていた。
いつまで経っても元に戻らない世界に、不安も募っていて。
各地に偵察を出してその情勢を見劣ることはないように。

 そんな呉が出していた偵察中に、見知らぬ人間が発見された。
とある人物を捜して追っているという彼は、呉に留まるという。
その彼からこの異質な世界に再び何かが起ころうとしていることを、呉の面々は聞いた。
聞いても尚、だからこそ、国と民を護るために。
孫堅が決定したのは、国内の守りを強化することだった。














 「そう、それでここに来たのね」

 蜀に来る経緯を尚香に話していたは、はい、と頷く。
そんな彼女の視線の先には、共にここまで来た彼の姿がある。

 「幾度となく攻められ、魏の曹丕様にも檄を飛ばされまして」

 不思議な青年を助けてから、何度か呉は攻められていた。
酒池肉林を企む董卓であったり、護りに徹するのを良しとしない曹魏にであり。

 「父様も大変だったんでしょうね・・・・・・」

 曹丕に何故動かない、と問い詰められてからも、侵略はあった。
呂布と清盛、と名乗る人物に押し寄せられて。
その戦いの後、とうとう孫堅は動くことを決意した。

 「そして各地に援軍を出す、とそう決定したのです」

 「へぇ・・・で、はここに、って?」

 「いえ、私は―――――」

 「殿!」

 もう話も終わりになってきたところで、に遠くから声が掛かった。
尚香の問いに苦笑を見せていた彼女は、そちらに目を向ける。
すると赤い装束の影が近寄ってきた。

 「陸遜様が蜀へ、とのことでしたので・・・ご一緒させて頂いたのです」

 ぽそっと小声で漏らすと、すぐ傍まで来ていた影を笑顔で迎える。
相手もそれに答えるように、笑顔だ。

 「お久しぶりです、姫様」

 「そうね、陸遜。援軍、ご苦労様」

 赤い影は蜀へ援軍として派遣された陸遜だった。
先ほどまではここの主である劉備に挨拶をしていて。
その間、は尚香と話をしていた。
そんな三人の周りには、他にも援軍部隊として遣わされた武将が数人居る。

 「これからも微力ながらお手伝いさせて頂きます」

 「私もお力になりますわ、尚香様」

 「頼りにしてるわ、二人共」

 笑い合ってから、三人を含む面々は蜀の本拠地となっている場所へ向かった。
























 遠征の拠点にもなっている成都の城へ着いてから、早々に宴席が準備されていた。
ばたばたと走り回っている人を見ながら、は手持ち無沙汰にしている。
何か手伝いを、と申し出たが客人だからとのことで断られて。

 「殿」

 「陸遜様」

 城の高いところにある欄干から外を見ていると後ろから名を呼ばれた。
振り返るとそこには少し疲れた感じの陸遜が立っていて。

 「ここは風が気持ちいいですね」

 そう言っての横に並ぶと、周りを見渡す。
彼はいままで城内の至るところに居る将軍にあいさつ回りをしていた。
それから連れてきた軍の編成なども、すべて。

 「とてもあたたかな、いい場所ですわ」

 城のいろいろな場所から湧き上がっている声を聞いて。
また人と触れて、とてもぬくもりのある絆を感じた。
呉のように家族のようではなく、主従がしっかりしていながら兄弟のように強い繋がり。
どこか似ている雰囲気の中に、呉の面々はすっかり馴染んでいる。

 「そうですね・・・・・・」

 将軍と顔を合わせてきた陸遜も何か感じているのだろう、の言葉に是と頷く。
こんな酷い状態の世界にあっても、輝きを失わない関係。
皮肉だが、そんな素晴らしいものに、この異界でなければ気付かなかったかもしれない。

 「あら?」

 「どうかしましたか?」

 陸遜の話を聞きながら下を眺めていたが、ぽつっと呟いた。
首を傾げている彼女に、陸遜は何があったのかと同じところを見る。

 「あの方・・・どなたでしょう?」

 あの方、とが示した場所には、人が二人居た。
白い髪の導師服を着た老人と、白銀の髪をした少年。
老人の方は以前に見掛けたことがあって、名前も知っている。
影から劉備に力を貸していた仙人・左慈だと。
けれど少年の方は見たことがない。

 「ああ、彼も仙界の方だそうですよ。太公望殿、と仰ってました」

 あとの宴会でお会いするのでは、と陸遜は言った。
それに頷きながらは彼らが立ち去って行くのを見る。
一瞬だけこちらを見た紫の瞳に、どこか厳しい色を感じながら。














 「貴公は戦えるのか?」

 ふっと鼻で笑って、嘲るようにを見たのは太公望だった。
宴会の席で顔を合わせた第一声が、それ。
その言葉に当のはきょとんとして、先に反応したのは尚香と陸遜だった。

 「ちょっと―――!」

 「何をっ!?」

 食って掛かろうとする二人をはやんわりと留める。
別段何かを言うでもなく、苦笑して首を振るだけ。

 「戦えないように見えますか?」

 「ああ」

 が問い掛けると、あっさりと答えてくる。
そこまできっぱり言われても、は動じない。
特別、こう言われることが初めてではないからだ。

 「殿は―――――」

 「いいですわ、陸遜様」

 尚も言い募ろうとする陸遜をは宥める。
先程まで同じような様子だった尚香は、呼ばれて夫君の下へ行ってしまって。
その二人の様子を見ていて、太公望は口角を上げた。
心底面白そうに、見下した笑みで。

 「太公望様が仰るように、私にはここに居られる方々程の力はありません」

 陸遜が完全に口を噤んでから、は話し出す。
真っ直ぐに太公望から目を逸らさないようにして。

 「ですがこれでも将軍として一軍を預かる身です。力は弱くとも―――」

 自身のことを紡ぐ言葉に迷いなどはない。
何を言われても自分の置く立場には責任を持っている。
それを貫き通すだけ。

 「私に課せられた役目を全力で果たすことは出来ますわ」

 たとえ、命を懸けたとしても。言い切ったの瞳はとても強い色を放っている。
それは他者に有無を言わせない、確かな輝きがあって。
普段の様子からは考えられないくらいの鋭さを持つ。

 「どうぞ、何かありましたらお使い下さい」

 にこりと笑ったに、太公望は口を噤んだ。
その彼を横で見ていた左慈も驚いたように目を見張っている。
陸遜もそれで納得したのか、もう何も言おうとはしない。
の言う通り、疑うのならば実際目にしてみればいい。
百聞は一見に如かず、だ。

 「!」

 「では、まずは一興。お楽しみ下さい」

 ふわりと笑ったは夫君の横から呼んでいる尚香の声に応えて立ち上がった。
そのまま宴席の中央まで出ると、懐から取り出した小さな扇をぱんっと開く。
すっと姿勢を正して動きを止めると、流れ出した曲に合わせて舞い始めた。

 「ほう・・・これは中々に興味深い」

 が舞っているのを見て、そう太公望が呟いたのを、横にいた陸遜は聞き逃さなかった。



















 「貴公の力、試させてもらおう。将軍」

 舞い終えて陸遜の横へ戻ってきたに、太公望はそう言った。











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