共に、歩いて行こう −終−   ( 『繋がれし絆』 最終章 )










 じりじりと間合いを取ったまま、は妲己の出方を窺っていた。
彼女の武器は球体で、手を離れて浮いている。
妲己を中心に一定距離を離して、ふよふよと。

 (中距離型の武器ですわね)

 対しては細剣を得物としていて、接近戦型だ。
そうなると近付かなければ妲己に当てることは叶わない。
彼女の武器の間を掻い潜って、近寄る必要がある。
そして飛び込んでしまえば勝つのが容易いことも分かっていた。

 「来ないの?さん」

 「それはこちらからも言える科白ですわ」

 「あっそ。じゃ、こっちから行くわ」

 が口にしている言葉を挑発と分かっているのか、妲己はあっさりと乗ってくる。
ここまで扱い易くては、逆に気が抜けるほどだ。
だが仮にも軍師である妲己に対して油断は出来ない。

 くるくる回りながら攻撃を仕掛けてきた妲己を、は避け続ける。
どういった調子でどの方向から来るのか分かっていなければ、対処できない。
だから初めは見極めることに集中する。

 (・・・・・・)

 「さん、逃げてばっかりじゃ詰まらないよ」

 「すみません。行きますわ」

 にこっと笑ったのと同時に、は動いた。
地面を蹴った後、目にも留まらぬ速さで妲己の懐へと迫る。
一瞬反応できないくらいの驚きを誘って。

 「っ―――!」

 慌てて防御に出た妲己の得物に、は左手だけをさっと動かした。
そのまま自分は体勢を低くして、球体の下から距離を詰める。
目を見開いて止まっている妲己に笑い掛けると、横に一閃光が走った。

 「きゃあぁっ!」

 妲己の右脇から左肩に向けて、きれいな線が走っている。
それはによって作られたもの。
地面に座り込んでいる妲己に、は一歩近付いた。

 妲己は必死で後ずさっていく。
その分をに詰められようとも、諦めず懸命に。
武器を呼び寄せようにも、何故かいうことを聞かなくて困っていた。

 妲己の得物は先程まで二人が立っていた場所に、漂っている。
二つが軽く合わさった状態で、縫い止められて。
がもう一本常備している、刃の短い刀に。

 「妲己さん」

 「な、何よ」

 「大切な方に手を向けられた痛み、贖ってもらいますわ」

 上から下へ向かって一閃、一瞬だけ光る。
そこには、ぼろぼろと砂のように崩れ落ちた跡だけがあった。
妲己の武器も同じように消えていて、落ちていた小太刀を拾い上げる。

 「殿、決戦の場へと行きましょうか」

 「はい。陸遜様」

 小太刀は鞘へと仕舞い、細剣は手にしたまま。
いままで周りにいた妲己のしもべ達も姿を消している。
残党は、身の危険を感じて逃げたのだろう。

 妲己に見せていた怒りの色など既になく、いつものへと戻っていた。
手を差し出してきた陸遜に微笑んで、自分のものを重ねる。

 城の中心部へと、向かった。














 砦から出ると、辺りはしんと静まり返っていた。
味方も、敵の姿もない。
ただ荒れた大地が目に入ってくるだけ。

 残された気配を追い、戦場を駆ける。
その間も二人の手は繋がれたままだ。
中央砦の一つから、城への橋が降りているのを見付け乗り込む。

 唯一戦っている様子のある城の中へと入っていく。
大きな広間に続く扉が開いていて、その奥に仲間の姿が見えた。
大勢で、一つのものを取り囲んでいる。

 『そなたも我を裏切ったか』

 広間に入った途端聞こえてきた、頭に直接響くような声。
ギクリとして、は足を止めた。
微かに震える身体を抑えることが出来ない。

 「殿」

 いまの距離で漸く聞き取れる程の声で、名を呼ばれた。
その後に繋いでいた手を、ギュッと握り締められる。
大丈夫、と落ち着かせてくれているようなぬくもり。

 「私は元より従順した覚えはありません。裏切った、とは心外ですわ」

 意を決して近付くと、魔王は仲間の刃によって消えかかっていた。
この遣り取りも、最後の悪足掻きだと分かるほどに。

 『そなたは我と共に』

 届くはずがない手を伸ばされる。
反射的に引いた身を、陸遜の背中に隠された。

 「渡すわけ、ないでしょう?」

 誰が魔王消滅の生贄に、愛しい人を渡すというのか。
笑顔で怒る陸遜は、周りの空気も下げていた。
ヒヤリ、背筋が凍りそうなくらい。

 「さらばだ、魔王・遠呂智よ」

 信長が最後掛けた言葉を棺とするように、遠呂智は消え去った。
























 時空を歪め、世界を歪めた魔王が消滅すれば、自然とこのおかしな世界は戻っていくだろう。
そうなると別れなければいけない人も、当然いる。
普通ならば相容れる筈のなかった、違う世界の人達と。

 遠呂智が圧力が元に苦しんでいた人々も解放され、皆が再会を喜んでいた。
同時に別れも悲しみつつ、残り少ない時間は過ぎていく。

 孫呉の面々と再会を果たしたは、素直に己の非を詫びた。
けれどそのことを非難するものなどおらず、いつもの風景が戻っている。

 一通りの再会を終え、は人を捜して歩いていた。
別れる前にもう一度だけ礼を告げておきたいと、二人を。
その後ろから陸遜もしっかり付いていっている。

 先に政宗を見付け、小十郎とも別れを告げる。
城の中で良くしてもらっていた人達全員と、言葉を交わして。

 「!」

 立ち去り際、呼ばれて振り向くと頬にぬくもりが触れた。
驚いている間に、政宗は遠ざかってしまっている。

 「ではなっ」

 何が起こったのか漸く理解して、は頬を染めた。
隣に立っていた陸遜は怒りを露にしていて、どこか怖い。
鬼の形相になってしまっている。

 次に三成の元へ行くと、そこには曹丕も居た。
似たもの同士と思われる二人が、一人の女性にお説教されている。

 「おお、か。来い来い」

 同じところに居た秀吉に呼ばれ、そろりと近付いた。
すると怒っていた女性が、パァッと顔を輝かせて寄ってくる。

 「ちゃん?」

 「はい。えっと・・・・・・」

 「ねねじゃよ。わしの妻じゃ」

 「ねね様?」

 明るい夫婦の秀吉とねねに圧倒されて、三成は黙り込んでいた。
そんな彼を想像できなかったは、意外さを楽しむ。
横にいる陸遜も、ぽかんとした様子で三人の遣り取りを見ていた。














 「ほんと、は良い子だね。三成には勿体ないよ、お前様」

 「大丈夫じゃ、ねね。には単騎で助けに向かうほど良い男がおるわ。惜しい気がするがの」

 「またお前様は!」

 見ていて楽しい二人に、笑いは収まることを知らない。
もう慣れているのか、三成は呆れ返っていた。
うんざりとした表情が見て取れる。

 「妲己を討ったと聞いたが」

 「あ、はい」

 最後のときの話を、少しだけする。
散々苦しめられてきて、その大元を断つことが出来たのだから。
いまとなっては過ぎた話になった。

 「三成様、助けていただいたこと、本当に感謝しています」

 「ただの気紛れだ」

 「気紛れであったとしても、気に掛けていただいたこと、私は嬉しく思いますわ」

 ふわり、は笑った。
心の底から、前面に感情を出している。
周りの者達をあたたかくさせるその笑みに、三成も釣られて頬を緩めた。
皮肉めいたものではなく、どこかやさしい感じのする。

 「お前様っ、三成が笑ってるよ!」

 「おお、珍しいもんを見たのう。さすがじゃ」

 ねねと秀吉が驚くほど貴重ともいえる三成の笑み。
それを見ることができて、は純粋に嬉しかった。
複雑な思いを抱いている、陸遜に申し訳なく思っても。

 「なら、礼の一つでも貰っておくかな」

 三成との距離が一歩近付いて、顎を取られる。
軽く上を向かされると、三成の顔が見えなくなった。
直後、政宗のときとは反対側に、微かなぬくもり。

 「こら!三成!!」

 咎めるねねの言葉を無視して、三成は立ち去った。
怒りに満ちた陸遜は何故かねねに謝罪されている。
も小さく謝って、怒りを宥めていた。
そんな二人の背中に、待ち侘びていた君主からの声が掛かる。

 「殿が呼んでいますよ。行きましょう」

 「はい。では皆様方、これで―――――――」

 くるり踵を返した。
短い間だけでも関わってきた人達との別れは辛い。
知らずうちに、じわりと涙が滲み出てきていた。

 「二人共っ、いい夫婦になるんだよー!!」

 最後にねねから掛けられた言葉に、二人して真っ赤になった。
























 歪みと同時に絶たれたものがあった。

 友情であったり、愛情であったり、信頼でもあったりした。

 でも出会う中でまた新たな繋がりを生み出してきた。

 何かに向けて、一つになる大切さも改めて知った。

 それがこれからをもっと良くしていくと思う。

 歪みが直るとき、絶たれたものは繋がり始めた。

 一つも同じ形で直るものはない。

 元の気持ちが同じでも、少し変わった状態で繋ぎ直される。

 こうやって、広がっていったものが自分達の中にある。

 また絶たれてしまうものも、どうしてもあるけれど。

 絶対にどこかで繋がっていると、信じていられるから。






 ―触れたぬくもりは心の絆を生み出し繋ぎ往くものに―










                                    ― 『繋がれし絆』 終 ―






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