共に、歩いて行こう −2−










 何事もなく政宗の居城から抜け出せたと陸遜は、反乱軍の本陣へと来ていた。
そこには知っている人も何人か居て―――

 「小喬様!」

 「ちゃん。無事だったんだね」

 再会を喜び、仲間へと受け入れてもらい。
これからどうするかの方針が、休む間もなく話し合われる。
味方は増し、戦力も充分対抗できるほどになってきてる。
ならば後は先手必勝、攻め入るだけだ。

 そうこうしている間にも、次々に新しい情報が入ってくる。
中でも一番のものといえば―――
『孫策が遠呂智軍より離反』というものと『曹丕と三成が手を組み、反旗を翻した』という二つだった。

 「やはり、三成様は・・・」

 「お?は三成と会ったことがあるのか?」

 ぽそり、が三成の名を口にすると、秀吉が話に入ってきた。
どこか楽しそうな彼に、は頷いてみせる。

 「ええ。以前助けて頂いたことがありまして。陸遜様のことを報せて頂いたりもしました」

 「三成がか?」

 「はい。最後にお会いしたとき、様子が違っておられましたから。もしや、と思っていたのですが」

 「ほう、それはそれは。ねねに会ったら教えにゃならんわ」

 これが進軍中の会話なのかと思うくらい、軽い調子で交わされる。
ただ秀吉が最後に小さく呟いた「三成の奴、下心でもあるんじゃなかろうか」と言ったのは陸遜にだけ聞こえていた。

 「その三成殿がどうかしたのですか?」

 「政宗様の居城でお会いしたとき、何かしらの決意を固められていたようでしたから」

 もう遠呂智が軍の中では会うことがないような雰囲気がしていた。
何が三成を突き動かしたのかは分からないが・・・・・・
行動に出るのでは、と思ったのだ。
だから送った文に「ご武運を」と書き記した。

 「三成殿がどんな方かは知りませんが・・・・・・曹丕殿と馬が合うのでしょうね」

 (似たもの同士のお二方ですわ)

 陸遜の感心したような言葉には苦笑する。
どうとも言いようがない。
反発しながら合う二人だとは思う。

 そうこうしているうちに、決戦の場は目前まで迫っていた。














 遠呂智軍は妲己率いる残党勢力を掻き集めた大軍勢になっていた。
数の上ではこちらが圧倒的に不利なのは見て取れる。
前線に集められた多くの軍勢を、どう突き崩していくかが勝利への重点になるだろう。

 誰もが奮戦している中、思わぬ援軍が戦地へと駆け付けて来た。
これで兵力は五分といったところか。
それでも相手にとって予想外だったそれは、士気を下げるには充分な効果があった。
勢いに乗った反乱軍―連合軍は意気揚々と戦を進めていく。

 中央の前線部隊を片付けたと陸遜は、途中無数の鉄砲隊に足止めを食らわされていた。
己が時代にない武器に対応する術は少なく、苦戦を強いられる。
その中心にいるのは、伊達政宗だ。

 「此度は手加減する必要もない」

 どうにか持ち前の素早さで鉄砲隊を翻弄し、打ち破っていく。
残り少なくなった彼らをに任せ、陸遜は政宗と対峙していた。
以前のようにして。

 「手加減など無用ですよ」

 「ふん。器の違いに驚くでないぞ!」

 政宗の言葉を合図に、二人は動く。
その邪魔にならぬよう、周りの雑魚兵を片付けながらは見守っていた。
陸遜が強いのは知っている、けれど政宗も強いのだ。
それに政宗には刀以外の武器もある。
それを至近距離で使われると、いくら陸遜でも避けるのは難しいだろう。

 (陸遜様)

 ハラハラと二人の行く末を見詰める。
周りには誰もおらず、完全な一騎打ち状態だ。
自分達がここで政宗を足止めしている間、本体は敵本陣に乗り込んでいる。
彼との決着は、何があってもここで決めてしまわなくてはいけない。

 キィンと刃がぶつかる音が続いている。
どれくらい時間が流れたのだろうか、勝負はまだ決さない。
も固唾を呑んでじっと見届ける。

 「勝負あり、ですね」

 刃が一つ、宙を舞ったと同時に陸遜の声が響く。
彼の手に握られている双剣の一つが、政宗の喉元に突き付けられていた。
勝負は、決まった。

 「仕方ない。この首、くれてやろう」

 負けを認めた政宗に、は近寄っていく。
その手には得物がなく、鞘の中だ。
地面に投げ出されている政宗の手を、そっと取る。

 「政宗様、共に行きませんか?」

 遠くの方で歓声が聞こえる。
この戦、連合軍の勝利なのだろう。
そうであれば、大敗した軍の者は処分が待っているだけ。
歴戦の勇将であっても、腹心であったとしても、同じこと。

 「力を貸して下さいませ」

 真剣に頼むを、陸遜は複雑な表情で見ている。
出来れば即刻引き剥がしたいところだが、それをすればの懇願も無駄になってしまう。

 「分かった・・・・・・」

 「政宗様」

 「この竜が腕、貸してやろう」

 連合軍勝利の報が、舞い込んできた。














 逃走する妲己の後を付け、遠呂智が居城を割り出した。
も始めに連れて来られたときの記憶が薄れていて。
正確な道など覚えていなかったのだ。

 最終決戦に臨むため、連合軍一行は兵を進めていく。
その途中、また違う反乱軍に出会った。

 「三成様!」

 その中に見知った顔を見付け、は陸遜と近寄っていく。
あちらも二人に気付いたようで、歩みを止めていた。

 「か」

 「はい。三成様もご無事で」

 「ああ。ならそっちが・・・・・・」

 「陸伯言です。殿を助けていただいたようで」

 陸遜の浮かべた笑みには凄みがあったが、はふわふわとした笑顔を見せている。
穏やかでやさしげな笑みは前にも見たが・・・・・・
どこか何かが違っていた。
それが隣に居る者の存在を示している。

 特別話すこともないのだが、世間話を交わしていた。
三成の近くに曹丕も居たが、彼は何の興味もなさそうで。
ただ時間が許す限りの戯れだ。

 「ちゃーん、陸遜様ー」

 「殿、そろそろ」

 少し離れたところから、小喬が呼んでいる。
もう行くという意味なのだろう。

 「それでは、三成様。またお会いできて良かったです」

 「そうだな」

 やわらかい笑みを浮かべて、は頭を下げた。
踵を返していた陸遜へ駆け寄ると、笑顔で言葉を交わしながら去っていく。
それをどこか意識の片隅で三成は見ていた。

 「残念じゃったのう、三成。惜しかったがな」

 「なっ!?秀吉様―――――」

 どこからともなくひょっこり現れた秀吉にからかわれ、三成は目を剥く。
何も話していないのに、お見通しなのかこの人は、と。

 は誰にでも綺麗でやさしい笑みを向ける。
ホッとするような、落ち着ける感じの。
でも、たった一人には違った笑みを向けていた。
愛おしさが溢れ出すような、そんな感じ。
特別な感情を抱く者にだけ向けられる、最高のもの。

 自分には決して向けられる筈がないものを、三成は一瞬だけでも望んでいた。

 「なあ、曹丕」

 「何だ」

 「報われないものほど―――――」

 「野暮なものはないな」

 三成が言おうとしていたことが分かったのか、曹丕は途中から言葉を奪う。
そして二人して似たような、皮肉を絵にしたような笑みを浮かべた。














 遂に遠呂智が居城へ連合軍は辿り着いた。
数ある攻撃兵器や、溶岩が湧き出したような地面。
何もかも、空気さえも異質な魔王の城そのものが姿を現す。

 「このようなところに居たのですか?」

 「はい。あちらの中からは出たことはありませんでしたが」

 陸遜に聞かれが指差した先には、城の中央部分にある建物。
日本の城で言えば、天守閣のような場所だ。
連れて来られてから三成に連れ出されるまで、はその中の一室から外に出ることが叶わなかった。

 「さあ、攻めようぞ」

 連合軍の総大将である信長の一声で、連合軍は進軍を開始した。
まず、味方に大きな損害を齎す攻撃兵器を落としに掛かる。
皆、それぞれの役目を持って、敵に当たっている。

 「陸遜様、こちらです」

 そんな中で、と陸遜は別行動に当たっていた。
それはが望んだことでもある、妲己の撃破。
どろどろした空気の中では分かり辛い気配を辿って、進んでいく。

 「分かるんですか?」

 「あの気配、忘れなどしません」

 この城に居る間、ずっと感じていた気配の一つ。
いまとなっては、ほぼ毎日顔を合わせていたことが良い方に傾いている。
自分に手出しするだけでは物足りず、陸遜にまで手を伸ばした妲己をは捜す。
因縁のようになってしまっているが、は己が手で勝負を付けたかった。

 敵兵に見付からぬよう、岩などの間を潜りながら目的地へと足を進める。
ちゃんと近付いているのが分かるほど、妲己の気配は強くなってきていた。
彼女の他にも、複数の気配を感じるが。

 「見付けましたわ、妲己さん」

 「あら、お久しぶり。さん」

 いくつかある砦の一つに、妲己の姿が在った。
彼女の周りには呼び出したのか、異形の兵が蠢いている。
ここには人間外の者しか居ない。

 「貴女とは私が直接決着を付けなければいけないと思いまして」

 にこっとは笑う。
戦場には似つかわしくない、完全な場違いである笑みを。

 「さん私とやるつもり?人生投げてない?」

 「そのような子供騙しの脅し文句で私が退くとお思いですか?」

 くすくす笑った妲己に、は容赦ない言葉を投げ付ける。
言葉遊びに付き合っていても、時間が無駄なだけだ。
普段のならばしっかりと相手しているだろうが。

 (殿)

 明らかに見るものが見れば分かる、が怒っていることが。
彼女が怒る、ということがまず皆無に近い。
そして付き合いが長い陸遜も、ここまで本気で怒っているを見るのは初めてだった。

 「じゃあ、相手してあげようかな。みんなー・・・・・・」

 「あら、私と一対一でしては負けることが怖いのですか?お仲間の力を借りるなんて」

 「・・・・・・分かったわ。さんは私が特別にボコボコにしてあげる」

 語尾に可愛らしい何かが飛んでいそうな話し方で妲己は笑った。
ニィッと口の両端を持ち上げて。

 「みんなは手出し無用よ」

 「では、始めましょう?」

 妲己の手下が引いたのを見て、はすらりと得物を構えた。






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