月の光に照らされて −前− (番外編 −その後−)









 「宴、ですか?」

 「そうだ。元の状態に戻るには、まだまだ時間がありそうだからな」

 遠呂智を討ってから、どのくらい時間が経ったのだろう。
一通りの別れを告げても、元に戻る兆しは見られない。
最悪の場合、このままなのかという不安もある。

 そんな中で各国の君主を主とする面々が、集まって話をしていた。
何やら意見を合意したようで、満足気な様子で戻ってくる。
そこで聞いたのが、宴会をする、ということ。

 「どこか不思議な感じですね」

 「楽しいのですから、いいのではありませんか?」

 岩が剥き出しになり、荒れている大地を広くそのまま宴会会場にして。
国の違いやいままでの敵味方など関係なく、盛り上がっている。
どこから出てきたのか、大量の酒までも用意して。

 孫呉の皆が固まっているところから少し離れた場所、陸遜とは座っていた。
あまり酒を嗜まない陸遜と、全然飲むことのない
二人は巻き込まれて被害に遭わないよう、酒の席からは距離を取っていた。

 「

 「尚香様」

 そんな二人の元に―正確にはのところへ―尚香がやって来た。
酒が入っているのか、少し顔の赤い彼女は、の横へ腰を降ろす。

 「父様が舞をご所望なんだけど―――」

 どうする?と尚香はを覗き込む。
宴会に酒が必需品であるように、舞も当然のように付いてくる。
先程から常に誰かが、何かを輪の中で披露していた。

 「孫堅様のご希望でしたら」

 「そう?じゃ、行こう!」

 尚香に手を引かれて、は輪の中心へと向かっていく。
それを陸遜は手を振って見送った。
群衆の中からではなく、いまの場所から彼女の舞を見るのだ。
一方、輪の中では、の登場に孫呉の面々が盛り上がっていた。














 「で、、何か要る?」

 舞うことが決まったのはいいが、は完全な手ぶらだった。
何も持たずに舞ってもいいのだが、あるとは華やかさが違う。
それを分かっているから、も何か手頃なものがないか探していた。

 「何探してるんだい?」

 そこにどこからともなく、ひょいとねねが現れた。
彼女が酒を飲んでいる様子はない。

 「ねね様。いまから舞うのですが・・・・・・扇か何かないかと思いまして」

 「扇?」

 何を舞うかは決めていないが、手持ちとしては扇が一番無難だと考えていた。
特に即席で舞うことが多いは、扇を常に持っていたりしたのだが・・・・・・
突然こんな世界に放り出されて、その上舞うための扇など持っているはずがない。

 「扇が欲しいなら、ちょっとこっちおいで」

 今度はねねに手を引かれ、数人で固まっているところへ連れて行かれる。
そこには知っている顔が居た。

 「三成」

 「何ですか?おねね様」

 「に扇、貸してやって」

 三成を初めとする者達は、何事かとねねを見ている。
ねねの言っている扇とは、三成の得物だ。
それを貸せとは、些かおかしなことである。

 「これをですか?」

 「もうちょっと小さいのあったでしょ」

 出てきたのは大きくて重たそうな、赤と白を基調にした扇だ。
大喬と小喬が得物として使っているものより、大きく感じる。
ねねが違うといえば、次に出てきたのは少し小さめの扇。
薄紫の地をしたそれは、大きさもにとって手頃なところだ。

 「、これはどう?」

 「ちょうどいいですわ―――――三成様、少々お借りしてもよろしいでしょうか?」

 「構わないが、何に使うんだ?」

 「いまからが舞うんだってさ」

 そうしている間にも、は孫堅に呼ばれ戻っていった。
が舞う、と周りに伝われば自然しんと静かになる。
立っている者もいなくなり、その中で一人、はすらりと存在を示していた。














 「甄姫様」

 輪の中に戻ったところで、は甄姫を見付けた。
曹丕と寄り添うようにして居た彼女は、酒を飲んでいない。
夫君に酌をしているだけのようだった。

 「何かしら?」

 「一曲、お願いしてもよろしいですか?」

 彼女が駄目であれば、周瑜に頼もうかとも思っていた。
けれどが扇を持っていなかったように、彼も笛など持っていないだろう。
けれど甄姫は、得物自体が笛になっている。

 「よろしいですわよ」

 あっさりと承諾されて、甄姫も輪の中心へ出てきた。
手頃な高さの岩に座り、の方を向く。

 「どのような曲を?」

 「・・・・・・しっとりとした響きのものを」

 「分かりましたわ」

 も扇をパチンと閉じて、前を向いた。
その双眸は閉じられている。
甄姫も曲を決めたのか、目を閉じて笛を口へと当てた。
同時にゆっくりとした調子で、曲が奏でられる。
それに合わせても舞を始めた。














 何も示し合わせていないのに、甄姫の笛との舞は見事な調和を見せていた。
暫く扇を軽く開いた状態で舞っていたは、曲調が少し変わると同時に歌い始める。
それは切なさを感じながらも一心に相手を想う恋の歌。

 三成に借りた扇を右手に、己の腰に巻き付けていた薄紫の衣を左手に。
いつの間にか顔を出した月の明かりに照らされて、は舞い続ける。
その間話す者は誰も居らず、酒を飲む手も止まってしまっていた。
皆が皆、舞うと奏者の甄姫を見詰めている。

 お互いの息がしっかり合わさって、曲と舞は同時に終わりを告げた。
甄姫は笛から口を離し、一息吐く。
扇で顔を隠した状態で舞を終えたは、開いていたものを閉じると礼を取った。
同じようにして甄姫も礼をすると、周りが一斉に歓声を上げる。

 「甄姫様、ありがとうございました」

 「いいえ。私も気持ち良かったですわ」

 互いに歩み寄って握手を交わす。
そして離れると、は大勢の人に囲まれた。
賞賛を受け、礼を言い、輪を広げていく。

 「、ちょっとこっちにおいで」

 取り敢えず君主の孫堅に一言受けてから、はねねに呼ばれて付いていった。
その先には手招いてくれる人達が居る。

 ねねに手を引かれながら、ちらりとは舞うまで自分が居た場所を見た。
そこには陸遜が居る筈なのに、姿が見えない。
少し視線をずらすと、傘を持った巫女に手を引かれて連れて行かれていた。

 (―――――)

 一度口を開いたものの、何を言えばいいのか分からなくて、は黙った。
いろいろな人と交流を持つのはいいことだから、何も言わない。
ただ、少し、淋しさを感じただけ。

 「?」

 「何でもありませんわ」

 訝しげに覗き込んでくるねねに微笑んで、は人の輪の中に入った。






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