月の光に照らされて −後− (番外編 −その後−)
「素晴らしかったぞ、」
「見事だった」
「素敵な舞でした」
「そなたの存在自体が愛だ!」
ねねに連れられた所は、政宗や三成を初めとする面々が揃っていた。
それぞれから賞賛を受けて、は丁寧に言葉を返す。
そして借りていた扇を三成に手渡した。
「三成様、ありがとうございました」
「いや・・・」
「持つ者が違うと物も変わるものだな」
輪の中にを送り出したねねは、秀吉が居る場所へと行ってしまっていた。
その場に残ったは酌をしながら、初対面の人の自己紹介を受ける。
「真田幸村と申します」
「直江兼続だ」
紅い鎧が印象的な彼と、白を基調にした、陣羽織の背に「愛」の字を背負った彼は三成の友人だと言っていた。
「島左近と言います」
「前田慶次だ」
三成の直ぐ傍に控えていた彼と、政宗と笑い合っていた大柄な彼。
皆一部でいがみ合いながらも、この状態を楽しんでいた。
元の世界では考えられないような交流で、酒を飲み交わす。
「にゃはん」
「ひゃっ!?」
自分は飲むことなく、その場の全員に酌をしながら話していたの背後に女の子が現れる。
気配を感じることなく、突如として現れた彼女には思わず声を上げた。
似たような働きをするものが同じ世界に居ても、日本の忍というものには慣れない。
「ドロン」
「まぁ」
面白い効果音と共にの前にもう一人が現れた。
もちろん一人は本物で、もう一人は偽者だ。
「くのいち」
「にゃはは〜どうですか?幸村さまー」
「全然似ておらぬわ」
幸村にくのいちと呼ばれた彼女は、の姿で笑っている。
主である幸村に評価を聞いても、返ってきたのは投げ遣りな政宗の言葉。
それに周りから賛同の声が上がる。
「品がないな」
「愛が感じられん」
「ちょっとキツいかねぇ」
「根本的に違うような気もしますが」
全員から散々に言われ、くのいちは元の姿へと戻った。
「美しいお嬢さん。俺と―――――!?」
男ばかりの中にだけが紅一点だったところへくのいちが入り、更に会話は弾んでいた。
何かとくのいちは忍術を披露し、周りを―特にを楽しませる。
日本のことを聞いてみたり、その場の人間の繋がりを聞いたり。
その中に兼続が掲げる義と愛の講義が入り、うんざりした様子の三成が居て。
段々と熱く語る兼続を困り顔で幸村が止めに入り。
政宗は耳を塞いで聞かない振りをしては、兼続に不義だと言い立てられ。
そんな様子を左近と慶次の二人はやれやれといった感じで見守っていた。
「孫市ではないか」
盛り上がってるねぇ、とその場にねねと秀吉も参戦して、また賑わっていく。
二人と同じくして輪に入ってきた男に政宗は話し掛けた。
だが、返事はない。
政宗に孫市と呼ばれた男はを見るなり、手を握って口説き掛かっていた。
あ、とが何か言おうと思ったと同時に握られた手は離れて。
皆が首を傾げる中心には、少し焦げた孫市が伸びていた。
「焦げておるのう」
「何が起こったんだい?」
輪の中で唯一何が起こったのか分かっているは、ねねに問われて苦笑した。
これには答えるべきなのか、黙っているべきなのか判断が付きかねる。
ただ、孫市をこんな風にした張本人は、もう直ぐここに来るだろうと思う。
「凄いね〜これ」
の横ではくのいちが孫市を観察していた。
ほんの一瞬でこうなってしまった彼は哀れで仕方がない。
その彼の横に転がっている、一本の矢が全てを物語っていた。
「ほんま、かいらしなぁ〜」
の舞が終わりに近付いたころ、陸遜の横ではそんな声が響いていた。
横を見てみればいつの間に現れたのか、巫女がそこに座っている。
「はい?」
言われたことが分からなくて、陸遜は反射的に首を傾げる。
の方を見て言っているならまだ分からないことがないのだが、彼女は陸遜を見て言っている。
「あの子もかいらしいけど・・・・・・」
あの子、と巫女はを指す。
それから陸遜に向き直ると、にっこり笑った。
「うちと一緒に出雲に行かへん?」
「えぇっ!?」
「なあなあ、ほらほら」
グィッと腕を引かれて、陸遜は無理矢理立たされる。
何を言われているのか分からず、混乱しているまま連れて行かれて。
それがちょうどの舞が終わるのと同時くらいだった。
(殿のところに)
舞の感想を伝えに行きたいし、お疲れ様と言いたい。
けれど思いの他力のある巫女を振り払うことも出来なくて。
陸遜はされるが儘になっていた。
だから一度が自分を見たことにも気付いていない。
どうこうしているうちに、はねねに連れ去られて場所を移動していた。
大勢の人に囲まれて、楽しそうに笑っている。
その周りは男ばかりで、陸遜は複雑な心境を隠せない。
けれど、どうにか耐えて耐えて耐え忍んで。
それが切れたのは一人の男が現れたとき。
突然出てきた男は、いきなりの手を握って話し出した。
困惑しているなんて何のその。
その男に危険を感じた陸遜は、直ぐに行動を移していた。
その手にはどこから取り出したのか、一対の弓矢。
それも矢は、火計に使う火矢だ。
「綺麗な顔して大胆どすなぁ」
迷うことなく男に向かって矢を放った陸遜に、巫女は言葉を失った。
を護るためにやったことだとは分かっていても、その彼女に当たることを懸念しないのか。
「私は殿以外考えられませんので、失礼します」
「あん、いけずぅ」
きっぱりと巫女に言い切った陸遜は、の方へと歩いていく。
口を尖らせてその背を見送った巫女―阿国はどこか面白そうだった。
「あ、ほら、陸遜が来たよ」
皆で孫市の様子を見ていたところへ、陸遜が近寄ってくる。
どこか穏やかでない空気を纏った彼に、は苦笑するしかない。
「そうだ。ちょっと・・・・・・」
ねねに手招きされ、とくのいちは顔を寄せる。
周りに居る男達は首を傾げてその様子を見ているだけ。
三人はコソコソと何か相談していた。
「せーのっ」
ねねの掛け声で三人の周りに一瞬煙が立ち込める。
それが引いた後には、三人のが居た。
もちろん本物は一人で、あとの二人はねねとくのいちだ。
(一目で気付くと思う?)
(気配を消してれば分からないんじゃないですか〜?)
ねねの悪戯心で、陸遜を試してみようということらしい。
同じ格好をした三人のから、本物を一度で当てる。
そんな想像が付いたから、周りもシンと見守っていた。
「殿」
二人が完全に化けてから、気配を消し陸遜を待ち受ける。
それでも陸遜は驚くこともせず、にっこり笑うと真っ直ぐ一人へと向かった。
まったく他に躊躇うこともなく、初めから目的の人が分かっていたかのように。
「たとえ殿の姿をした者が何万人居ようとも、一目で分かる自信はありますよ」
一人のの手を取ると、指先に口付けて笑った。
こんな戯言では迷う必要もないと、暗に言い捨てて。
「やるだけ無駄だったみたいだね」
「にゃは〜・・・」
からかうことも出来ず、簡単に見破られてしまってねねとくのいちは元に戻った。
そんな二人を見ている陸遜は、当たり前、と表情に出している。
彼等の後ろで見学していた面々は、面白くなさそうな顔をしていたり、ニヤついたりしていた。
「は見分ける自信ある?」
「陸遜様ならば、見付けられますわ」
因みに、とねねに聞かれたは笑顔であっさりと答える。
どこをどうやっても入ることを許さない二人に、周りは呆れるだけとなった。
もうこの二人には何を言っても無駄だ、そう感じたのだろう。
「二人こそ愛そのものだ!!」
ただ一人、感動している者を除いては。
「それはそうと陸遜様・・・」
「何でしょう?」
暫く二人の世界に浸っていた陸遜とだったが、小さな呻き声が聞こえて我に返った。
心底どうしたものか、そう思っていたは陸遜を嗜める。
「孫市様に火矢を放たれては危ないではないですか」
「「・・・火矢・・・・・・!?」」
が口にした言葉に、陸遜以外の者は驚きの声を上げる。
信じられないといったような。
(に当たったらどうするつもりだったのじゃ?)
(そもそも用途が間違っているだろう)
ボソボソと後ろで呟かれていても、陸遜は笑顔のままだ。
自分は悪くないといった態度をありありと出している。
「私の殿に触るのが悪いのですよ」
「ですが、火矢は危険過ぎですわ。誰しも甘寧様の様だとは限らないのですよ?」
(甘寧とやらは平気なのか?)
(殿も論点がズレていると思うのですが)
孫呉では殆ど日常的な風景だったことをは口にする。
いつも執務を放り出している甘寧は、よく陸遜が放つ火矢の餌食になっていた。
それでも彼の場合は笑って過ごし、また同じ事を繰り返すほどの兵だ。
「今度からは気を付けます」
「本当に、気を付けてくださいね?」
危険に陥っているわけでもないのに、陸遜は何かとに近付く人間を排除しようとする。
それはもちろん、男に限っての話だが。
その度に注意をして、また同じ場面に遭遇して、の同道巡り。
既に社交辞令のようになってしまった遣り取りだ。
それでもは止めるわけにはいかない。
皆が皆、無事で済むわけではないのだから。
(完全に二人の世界だねぇ)
(ま、そっとしときましょうよ)
(孫市も相手が悪かったね)
(まあ、大丈夫じゃろ)
(にゃははは〜)
「さあさあ、まだ先は長いよ〜楽しまなきゃね!」
ねねの一言で活気を取り戻し、また宴の渦へと飲み込まれていった。
そんな、ちょっとした戦を終えた祝い席での一騒ぎ・・・
―終―
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長かったOROCHI連載、いままでお付き合い頂きありがとうございました!
戦国武将は皆初めて書くという、初挑戦が多かったのでおかしく読み難い部分も多かったと思います
一人でも多くの人に楽しんで頂ければ、嬉しく思います
著 : 葵 紫緋様
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