「死にさらせ!!」
「あの、妲己様。物騒な武将が暴れているのですが・・・」
「いいのよ、あの子強いから。ー、頑張ってぇ!」
敵に囲まれながらもばっさばっさと敵をなぎ払っていく小さな背中が、時々敵の隙間から覗いていた。
その背中に向かって、妲己が応援の言葉と共に手を振ると、
「応援する暇があるなら手伝えっての、ボケェ!!」
とても応援に対する返事とは思えないほどの罵声が返ってきた。
応援していた妲己の手がピタリと止まる。
「・・・・・あの、妲己様。」
「あとできつーくお灸を据えるわ。」
妲己の隣に佇む百々目鬼が、溜息と共に哀れみの目をに向けた。
百々目鬼は、いや、きっと妲己もに関して知らないことが多すぎる。
は、遠呂智が仙界を脱する時に残っていた力で呼び出した人間だった。
自分たちを、この世界を少なからず知る彼女は、思ったよりずっと強く、すぐに戦場で活躍してみせた。
自分たちにはない力を持っているのか、は持っている長剣で相手を一回でも斬りつければ、その相手を戦闘不能にしてしまうのだ。
自分たちならば、何度も攻撃を繰り出し、相手を弱らせた所に止めを刺すなどする。
そもそも皆体力(ヒットポイント)なるものを持ち、それがなくなるまで攻撃しなければならないのが普通なのだが、そんな理屈はには通用しないらしい。
に言わせればその体力自体が不可解なもの、らしい。
とにかくは強かった。
そして同時に弱かった。
敵に囲まれるに加勢しようと、百々目鬼が足を進めた直後、
「っ痛ぁーい!!やられた!!撤退!!」
敵に斬りつけられたは声高らかに「撤退」を命じた。
の配下の兵士達が血だらけのを担いで本陣へと早々に退却し始める。
そう、は一度敵を斬りつけることができれば相手を倒すことが出来るが、逆に一度でも斬りつけられれば致命傷。
即撤退を要するのだ。
今回も例外ではなく、雑魚兵に斬りつけられたは早々にこの場を立ち去っていった。
妲己は今、百々目鬼の隣にいる。
それ故が妲己に怒られることはないだろう。
妲己には。
本陣にはまだ伊達政宗が待機している。
これも毎度のこと。
が本陣に帰ると、本陣に待機している武将の小言が始まるのだ。
今日は政宗さんの日か。
本日2度目の溜息をつきながら、百々目鬼はが残していった敵の残骸を一人残らず討ち落とすべく再び足を進めた。
「で、雑魚に一発やられて帰ってきたのか。」
「ヤられたとか、変な言い方やめてよ政宗!この変態!」
「馬鹿めが!!誰がそんなことを言った!!」
百々目鬼の予想通り、本陣には遠呂智の配下となった伊達政宗が控えていた。
その本陣へが撤退してきたのを見ると早速小言を言ってやろうとを呼びつけたのだが、傷の手当をされながら小言を聞くは聞く気半分やる気半分、まともに話を聞こうとしない。
しかもが言うことをいちいち政宗も真に受けるので、話はこじれていく一方である。
「だから日頃から鍛えろと言っておるのだ。大体一回斬りつけられただけで逃げ帰るなど言語道断。」
「いやそれが普通だから。あんたたちが普通じゃないの。あのねぇ、料理の時にミスって包丁で指を切っちゃったなんてレベルじゃないのよ!?斬りつけられた場所が悪ければ一発即死よ!今回だって腕一本持っていかれるところだったんだから!」
「一回斬られただけで腕が落ちるか。」
「落ちるでしょう!!」
やっと政宗が話を戻し小言を再会するが、に自分たちの常識は伝わらない。
理解できないと言う。
自分たちからすれば、の言う常識の方が信じられないのだが。
そもそも政宗たちにとっての体力がないこと事態が信じられない。
「鍛えれば体力が増える。きっと1とかそんなんだからHPがないにも等しいのだ。鍛えろ。」
「いや、おかしいから。何体力1って。おかしいって、普通そんなに何回も一人相手に斬りつけないよ?」
「いや、お前がおかしい。」
「いや、政宗が可笑しい。」
「いや、それお前字が違うだろうが!!」
「政宗の顔が可笑しい。兜が可笑しい。何か声が高くて可笑しい。」
「お前儂をいじめて楽しいか。」
せっかく政宗が頑張って話を元に戻しても、聞く気のないと話していては話が脱線するばかり。
政宗は一旦言葉を切り深く息を吐いた。
溜息とも言う。
「それに、やっぱり人同士が斬り合うなんて嫌だよ。人によっては死んじゃうんだよ。死んだらそこで終わっちゃう。私がその人の人生をそこで終わりにしてしまったなんて、罪悪感でいっぱいだよ。何をしても償えない。」
「それが戦場で先陣きって刀を振り回してる奴の言うことか?ひとでなしの何ものでもないな。」
「はっ。ひとでなし?・・・・・・望むところよ。」
「どっちなのだ貴様は。さっき罪悪感がどうのと言っておったではないか。」
の腕を治療していた医者が頭を下げてその場を離れた。
左腕は包帯をぐるぐるに巻かれている。
骨にはいっていないようだが、痛いことに変わりはない。
はそっと包帯の上から右手を左腕に重ねた。
傷が熱を持っているのか、左腕は熱かった。
「とにかく、上から命令されて人を斬ったり斬られたりするのは、もう嫌なの。」
「ここにいるのが嫌なら独立でも何でもすればよかろう。ま、できればの話じゃがな。」
政宗が立ち上がり、座っているを見下ろして鼻で笑った。
けれどはそれには言い返さず俯いて黙ってしまった。
いつものようにすぐに何か言い返してくるだろうとふんでいた政宗は、訝しげにを見下ろす。
そんな政宗にはお構いなしに、はばっと顔を上げた。
「な、なんだ?」
「政宗って頭いいねー。」
「・・・・・は?」
顔を上げたはキラキラと目を輝かせて政宗を見上げる。
思わぬ反応に一瞬たじろいだ政宗だったが、まさかに褒められるなどそれも予想外で、間をおいて呆けた。
内心少し喜んでいるのは顔には出さず。
「うん!じゃぁ早速ここを出て行くよ。政宗ここから一番近い村とかって歩いたらどれくらいかかるかな。」
「村って・・・・馬をとばせば半日だろう。歩くとなると2、3日はかかるのではないか。」
「でも私馬乗れないしなぁ。政宗馬得意だよね?」
「え、あぁ・・・。」
「じゃ、馬乗せて。」
「あぁ・・・・・・、は?」
本陣を抜け出して、政宗とは馬に跨り近くの村へとひたすら走り続けた。
日がだんだん暮れていく。
日が暮れるにつれ空気も冷たくなっていく。
身体も冷えるが頭も冷える。
「儂は、なんでこんなことをしているのだ・・・・?」
自分にしがみついて呑気に眠ってしまっている後ろのに、少しだけ視線を送って政宗はまた前を向いた。
自分は遠呂智の天下を望んでいたのではないのか。
そう自分に自問自答する。
このままについていけば、自分は裏切り者として完璧に遠呂智の敵となるだろう。
それでも、それでも何故かに付いていてやりたいと思った。
わざわざ遠呂智が異世界から連れてきた人物。
自分たちの常識を超える強さと弱さを兼ね備える者。
には遠呂智にはない強さがあるような、政宗にはそんな気がしていた。
「はぁ、遠呂智を相手にするのだ。そう一筋縄にはいかんぞ、。」
きっと聞いていないだろう眠るに、政宗は振り返らずそう呟いた。
まるで自分にそう言い聞かせるように。
「本陣に待機していた伊達政宗、が本陣を棄て逃亡いたしました!」
「な、なんですってぇ!?」
政宗とが本陣を抜け出してすぐ、このことは全遠呂智軍へと伝令が走った。
もちろん妲己の耳にもその情報は入る。
「今ほとんどの軍は出ているわ。式神を飛ばして!まだそう遠くには行っていないわ。すぐに二人を捕まえて!そうね、殺しても構わないわ。」
「いや、放っておけ。」
「え・・・?」
妲己の命令を、ある人物が制止した。
「遠呂智様・・・・。」
まだ復活しきっていない、遠呂智であった。
妲己は訝しげに遠呂智を振り返る。
けれど命令が撤回されることはなかった。
「今はまだ、を討つ時期ではない。」
では、いつなのか。
しかしそう聞くことは誰にもできなかった。
何かを思案するように、けれどひどく楽しそうに、遠呂智は深く笑みを浮かべた。
政宗とが、夕陽の荒野を駆けている時のことであった。
「ひとでなし?
・・・・・・望むところ」
2008/07/14
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