凌統様は、“将軍”と呼ばれる職についているだけあって
やはりすごい人でした
最初は文字通り付き人として食事からスケジュール管理までやろうとしたんだけれど
「一日の予定管理なんて自分でできるっての」
という凌統様の厳しい一言で断念し
(その際の冷めた視線に思わずときめいてしまいましたが)
今は家で女官見習いのようなことをしていた
家はというと、やはり桁外れだった
あたしのいた時代の家とは比べものにならない大きさの建物で
お手伝いさん(この世界では女官というらしい)がいっぱいいた
お城にいた女官さんたちに負けないくらい綺麗な人ばかりで
女官長と呼ばれる人があたしに仕事の一から十までを教えてくれる
みんな穏やかな人ばかりで、あまり仕事のできないあたしでもきちんと面倒みてくれていた
もちろんあたしだって、住まわせてもらっている身だし、
自分ができる限りの手伝いはしているつもりだ
でも、それじゃあ駄目なんだ
“できる限り”じゃ駄目なんだ
あたしは“客人”を抜けれていない
認めてもらいたい
女官さんたちにも、もちろん凌統様にも
『おかえりなさいませ』
凌統様が家に帰ってくると連絡があったので
一番にお出迎えがしたかった
だからみんながくる前に外に出て
一番に挨拶をした
凌統様はそんなあたしに驚いたような顔をしたが、すぐに顰めっ面に変わってしまった
食事の席で、凌統様はあたしにこう言った
「そろそろ、あきらめて城に帰りなよ」
すごく、悔しかった
あたしの本気を、凌統様には知っていて欲しかった
近くにいたかった
あたしの勝手な一目惚れだし、凌統様があたしを受け入れたのだって周瑜様の命令だっていうのも、わかっていた
わかっていたけれど、
だからこそ、負けないようにしていたのに
まだ勤めた時間は短いけれど、それでも精一杯の気持ちで勤めていたのに
必要と、されたかったのに…
憂鬱な眠りからふと目が覚めて周りを伺うと
朝日が昇る前のようで外は少し薄暗かった
少し霞んでいるが、その分吸い込む空気はとても澄んでいる
寝間着に軽く上着を羽織り、庭に出る
家が立派なだけあって、庭も色とりどりで美しい
ゆっくりと大きな木のもとへ歩き、寄りかかるように腰を下ろした
しばらくぼうっとしていたら、足下に小鳥が降り立つ
『…おはよう』
話しかけると、小鳥は反応したようにこちらを向いた
昨日、私に主人の帰りを伝えてくれた子だ
『私の話、聞いてくれる?』
小鳥に手を伸ばして伝えると、一瞬だけとまどったようなそぶりを見せ
ゆっくりと近づいてきて、そうっと手に乗った
私は、小さい頃は本当に平凡な子だと思っていた
でも、ある日気がついてしまった
親に手を引かれて動物園へ行った
そこにいる動物たちは、目が合うたびにあたしに語りかけてきた
会話をしているあたしを、親は驚いた目で見ていた
そして、秘密にさせた
でも子どものあたしは、皆がもっていないその力は特別なもので、誇らしくなった
親との約束を破り、小学校の頃に親しい友達に話してしまった
その特技に驚いた友達から噂は広まり、皆驚き、持てはやしてくれた
でも時間が経つにつれて友達は、あたしのその特技に嫌悪感を抱き、一人、また一人と居なくなっていった
高校を地元から遠く離れた場所にして、今度は間違いを犯さないように気をつけていたが
一度、目立つ行動で失敗したせいか、必要以上に人と関わることをさけてきた
ただひたすらに、地味に生きてきたのだ
そんなとき、変わらずに友達で居てくれたのは、
朝、庭先に来る小鳥だったり、3丁目のネコだったり(名前はタマ)
だから、この世界に来たとき、チャンスだと思った
今度は、“普通の子”になるんだと
普通に生活して、人間の友達と好きな話で盛り上がって
偶にはケンカしたり、慰めあったりしたかった
恋だって、したかったんだ
『でも、ここを追い出されたら、それもできなくなっちゃうかもね』
小鳥に笑いかけてみるけれど、心配そうな瞳が見つめ返してくるだけだった
片方の手でそうっと小さな体を撫でてあげると、気持ちのよさそうな顔をしていて
『君はいいね』
なんとなくそう思って、少し涙が出た
なんだか早く目が覚めて、でももう一度眠る気にはなれなくて外に出た
軽く体を動かせばすっきりするはず
…最近、なんだか参ってたから
あいつが…が来てから
当たり前だけれど、今までとは違う生活が待っていた
でも嫌いじゃないんだ、それが。
無機質だった家が、どんどん色を帯びていくのが判るから
やってることは普通の女官と同じなんだけど、すんげー危なっかしい
本当はそんな仕事しなくたっていいんだ。殿と大提督からの面倒見ろって指示なんだから客人としてどっしりと構えててもかまわないはずなのに
本人がそれじゃ嫌だってんだから、仕事してもらってるけどさ
ときたま女官長に褒められた時に見せる笑顔と弾んだ声とか
失敗したときに見せる落ち込んだ後姿とか、握りこぶし作って立ち直ってる姿とか(この間ものの3秒くらい)
そんなのを見てると、おかしな気分になる。苦しくなる
俺だって、それなりに歳重ねてるんだし、その感情がどんなものか薄々気がついている
でも今はまだ、認めるわけにはいかない。大殿の偉業を為すまでは、俺は俺でいたい
それなのに自分が、どんどん変わっていくのが怖くて、自分から離したかった
ついに昨日、変なこと口走って、傷つけてしまった
「そろそろ、あきらめて城に帰りなよ」
あの瞬間の表情が、その後ずっとちらついていた
何度かのため息の後に、外を見ると
(あれ…)
目当ての場所には先客がいた
よく見るとそれはで、手には小鳥が乗っていた
何か話をしているようで、声を掛けようと思って息を吸った瞬間に、その先は出てこなくなった
「君はいいね」って言葉と、頬に光るものを見つけたから
(なんで、なんで泣いてんだよ)
そんなの、決まっている
自分の掌が汗ばむのがわかって、思わず握った
そのまま、しばらくその様子を見ていたけれど
はそれ以降涙は流さなかった
たった一度だけ見せたそれは
俺の胸を苦しくさせた
あなたは 雷 のようなひと
衝撃が強すぎて
俺の心に大きな傷をつけた
でも、俺以上に傷ついてるのはあいつの方だ
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