身動きが出来なくなった妲己を、太公望の術で縛り付ける。
悔しそうな顔をしながらも、妲己はどこか諦めている節があった。

 「卑弥呼が無事ならそれでいいわ・・・」

 呟くように落とされた言葉を、は聞き逃さなかった。
いまはもう妲己捕縛の伝令が各軍に回っていて。
あとは残党狩りをしているはずだ。
とはいえ、殆ど残らず三人が倒してきていて―――

 「お連れの少女はどうされたのですか?」

 「馬鹿正直に答えると思う?」

 答えないと思っていても、は取り敢えず聞いた。
それに妲己は皮肉な笑みを浮かべるだけ。

 「卑弥呼は虱潰しに探すしかなかろう」

 太公望が言えば、妲己はぴくりと反応した。
少女の名前を知られているとは思っていなかったのか。

 (なっ―――――!?)

 突如、ざわりと身を駆け巡る嫌な感覚に、は身を震わせた。
それはいま、戦場に充満しているようで。
純粋に強い力へ怒りやいろいろな感情を混ぜ合わせたような、殺意にも似た。

 「どうかしたか?将軍」

 自分の両腕を抱え込んでいるをおかしいと思ったのか、太公望が向き直った。
その様子からして、彼はこの気配を感じていないのだと分かる。
妲己も眉を顰めてを見ていた。

 「太公望様、ここはお願いします。私は、少女を追いますわ」

 言うなり、は駆け出していた。
この妙な気配の一番強い中心部分は、現れてから移動している。
これがあの少女のものであるとすれば、戦場から逃げられてしまう可能性もあって。

 は来た道を引き返し、走って行く。
忽然と現れたあの力は、陸遜が待機している周辺から感じられた。
いまはその場所に居ないが、戻れば何かが分かるかもしれない。

 陸遜が居た筈の場所に戻れば、そこには倒れている兵が数人居た。
だが、その場に陸遜の姿はなく。
身動ぎをしている兵を見つけて駆け寄ると、その彼は陸遜の副官だった。

 「陸遜様はどうされました?」

 「あ・・・将軍」

 身体を支えて起こしてやると、彼は口を開いた。
の姿を見止めると、何があったのか話し出す。

 「妲己捕縛の伝令が入ったと同時に少女が現れまして、突然のことに対応が出来ず」

 やはりあの気配は少女のものだったのだと、は確信した。
ならば移動しているそれを追っていけば、すぐに見付かるだろう。
しかし何故、妲己の報と共に姿を現したのかが分からない。

 「陸将軍は、無事だった兵を連れてその少女を追っています」

 「分かりましたわ」

 彼の身体を壁に寄り掛けて、は自分の副官に指示を出す。
数人をこの場に残らせ、彼らの手当てに回して。
残りは己と共に、先に進むよう命じた。




















 妲己の元に導かれるようにして進軍していたときには開いていなかった扉が口を開けている。
そこが通った後だと分かると、は止まることなく走っていた。

 時折、戦った後が残っていて。
残党がいるかもしれないことに気を配りつつ、は前だけを向いていた。
あの気配に気が付いてから行動するまでの時間が、いまとなっては惜しい。
直ぐに追う態勢になっていれば、追い付けていたかもしれないのに。

 始めに妲己が居たと言われていた場所まで戻ってきても、陸遜の姿はない。
彼は俊足で、それを最大限に生かして追っている。
その陸遜が追いついていれば、剣の交わる音が聞こえてきていても、おかしくないというのに。

 少女―卑弥呼に戦場から離脱されてしまっては、意味がない。
妲己が卑弥呼を逃がすことを優先していたことから考えて、間違いないと思う。
彼女は自分が囮になり、捕まってでも逃走を手助けしていた。

 自分達の本陣が在る方へ戻ってきても、姿はなかった。
陣の張っていない、脱出できる場所は二箇所ある。
進んでいた方向から考えると、南西にある砦が有力だ。

 進路を変え、砦へと向かい始めて少しすると、陸遜の姿があった。
彼が向かっている先には、妲己と似た得物を持っている少女の姿。
確かめなければ分からないが、彼女が妲己の言っていた卑弥呼だろう。

 「陸遜様!」

 走り続けている陸遜に声を掛け、も横に並んだ。
そのまま砦へ逃げ込もうとしている少女を追う。

 「殿の読みが当たっていましたね」

 当たっていても、それを勝利に繋げることが出来てこそ、作戦だ。
結果的にこうやって追いかけっこをしているのだから、は苦笑する。
このままでは、捕らえることも困難かもしれない。

 「妲己さんは、少女のことが大切なようですわ」

 「でしたら、何としてでも捕らえなくてはいけませんね」















 「このようなところまで、お疲れ様です」

 卑弥呼が砦に入ろうとした直前、兵が現れた。
彼らが纏う鎧は、蜀軍のもので。

 「諸葛亮先生!まさかお越し頂けるとはっ」

 陸遜が驚愕と歓喜とか混ざった声を上げる。
砦の奥には援軍を率いてきた白い羽の扇を持った諸葛亮が立っていて。
砦に入ってきた卑弥呼を、援軍が取り囲んでいた。

 「絶対捕まらへんもん!」

 妲己ちゃんとの約束や、と言って少女も戦闘体制に入る。
それでも流石に大人数の相手は厳しいのか、次第に疲れていくのが分かる。
その様子をは離れたところから見ていて。

 諸葛亮の下へ戦況の報告に行っている陸遜は、の傍に居ない。
喜びを前面に現して行ってしまった陸遜を、は複雑な思いで見ていた。
走ってきて乱れた息を整え終わると、鞘に仕舞っていた細剣を抜く。

 「貴女が卑弥呼さん、ですか?」

 「そうや」

 堂々としている少女からは、とても大きな力をは感じていて。
向き合っていると、威圧感がある。

 「大人しく、はして頂けませんか?」

 「優しい顔してうちを騙そうと思ったら間違いやで」

 そう言われてしまうと、戦わなくてはいけなくなる。
見た目だけだと分かっていても、幼い少女に剣を向けることだけは、はしたくない。
戦場に立っていれば、幼さも何も、関係ないのだけれど。

 「では、お相手願います」

 細剣を静かに構えると、は真っ向から卑弥呼を見た。




















 「とても複雑な顔をしているな」

 卑弥呼も無事捕らえ、妲己を連れた太公望と合流した。
いまは諸葛亮と共に何やら話し込んでいる陸遜を、は見ていて。
その横に来た太公望に、そう言われた。

 「そうでしょうか?」

 「ああ」

 何やら妲己と卑弥呼から聞き出そうとしているのが分かる。
けれど妲己はもとより卑弥呼も何も言わない。
卑弥呼は心底妲己のことを好いて、信用しているらしく。
その妲己に剣を向けた人間には非友好的だ。

 「仕方のないことだとは分かっているのですが―――」

 陸遜が諸葛亮をどれほど敬愛しているのかは、は知っている。
会ったことがなくても、流れてくるその噂の凄さに。
同じように軍師の道を進む者として、憧れずにはいられない存在だから。

 それがこの異世界に巻き込まれて、接することが出来るようになって。
策を仕掛けあって戦えることも、同じ場所に立って意見を交換できることも。
それら全てが陸遜の望んでいたことが実現していて。
時には自分の考え方を見失うほど、陸遜は諸葛亮に心酔しきっていた。

 「本当に、人の子とは厄介なものだ」

 「そうですわね」

 何度目になるか分からない太公望の台詞を聞いて、は苦笑した。
この時ばかりは、その意見に賛成してしまう。

 「太公望様のように、自分に絶対的な自信があれば・・・違うのかもしれませんわ」

 そうでなければ、こんな感情も湧かないのだろうと、は思った。















 いつになっても口を割らない妲己と卑弥呼を、護送することになって。
太公望の術を施した状態で、それを実行していた。

 何人かの兵を付けて、妲己と卑弥呼を移動させる。
自分達が帰るより少し前に、それを送り出して。

 遠征していた全軍も漸く引き上げようかとしたところに、伝令が走り込んできた。
身体に複数の傷を負っていて、息も絶え絶えに。

 「だ、妲己と卑弥呼を護送していた馬車が襲われました!」

 突然、どこからともなく現れた異形の敵に襲撃されたという。
驚きに対応が遅れたところを叩かれてしまって、味方はなすすべもなかった、と。

 「それで?」

 「その隙に妲己と卑弥呼は揃って逃走。数人が後を追っています」

 「分かった。追跡を続ける」

 「はっ」

 指示を出し終えた太公望は、にやっと口角を上げた。











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