「私は、いまここに、戦場に身を置いている方の考えが知りたいですわ」
の発言に呆然と目を見開いている陸遜が居る。
いままで全面的に意見を否定する彼女を、見たことがなかったからかもしれない。
「太公望様は、どう思われます?」
「そうだな・・・・・・」
話を振られた太公望は、口元に手を置き考え始める。
いまこの場に立っていて、感じることはたくさんある。
違和感が拭えないものも、多くて。
「妲己が何かを企んでいるのは分かる、が―――」
話し込んでいるうちに、目の前の扉は口を開けていた。
そこへ踏み込んで行きながら、と太公望は意見を交わすのを止めない。
もちろん警戒を怠ることもしない。
(殿・・・?)
その後姿を見ながら、陸遜はいつもと違うに戸惑っていた。
意見が違うことは、同じ人間ではないのだから良くあることで。
それでも彼女は相手の意見も取り入れつつ、己の考えも主張する。
いまのように完全に遮断してしまうことはない。
一通り考えを交わしたのか、が陸遜に向き直った。
そこには一瞬だけ見せた、否定の色はない。
寧ろ、どこか謝罪の色が浮かんでいる。
「出過ぎたことを言ってしまって、申し訳ありませんでした」
そう言って、陸遜に頭を下げる。
慌ててそれを止めさせる陸遜が居て、その向こう側には太公望が立っていた。
呆れた表情で二人の遣り取りを見ている。
「確かに諸葛亮様は偉大で、素晴らしい方です。ですがいまここには居られません」
諸葛亮という軍師が、どれほど凄い人なのかも分かっている。
分かってはいるが、割り切れないことはあるのだ。
「陸遜様が諸葛亮様の考えを知りたいと思うのも、分かりますわ。けれど―――」
陸遜がずっと考えていたのは、諸葛亮ならばどう判断するのか、ということだった。
あの人ならばどう考え、どう行動するのか、と。
でもそれは、あくまでも諸葛亮の意見でしかない。
「私は、陸遜様の考えが知りたかったのです。諸葛亮様ではなく、現状を見、経験している陸遜様の」
「殿―――――」
そこまで言われて、陸遜はやっと納得した。
何故が陸遜の考えに否定を示したのか。
それはとても単純明快なことで。
口にしたのが陸遜の意見ではなく、諸葛亮の意見だったからに他ならない。
「将軍の意見に一理あるな、陸遜将軍」
太公望にまで言われ、陸遜は肩を落とす。
ひとつ大きく息を吐くと、気を取り直した。
「そうですね。忘れ掛けるところでした」
軍師が他人の意見にばかり頼っていてはいけない。
常に現状を見渡し、先を先を考えていかなければいけない立場であるのに。
ずっと憧れていた、格の違う軍師が近くに居て、そのことを忘れていた。
「ありがとうございます、殿」
また突如として現れた敵将を倒すと、二つ在る扉のうちの片方が開いた。
ここまで妲己の企み通りに進まされていて。
この先に何が待ち受けているか、何となく予想が付いてくる。
扉を出たところから見えている砦に、妲己の気配がある。
けれどそこでは妙な感覚を身にする。
どこか、いままで居た場所におかしなものを感じて。
「竜巻とは厄介ですが・・・・・・止めるのも容易いですね」
本当に何を考えているのやら、と陸遜が嘆息した。
これから進む方では、妲己の術であろう竜巻が起こっている。
あれに巻き込まれてしまうと大怪我だろうが、すり抜けてしまえばそれで終わり。
落石と同じように術者を倒せばきれいに収まるだろう。
いざ最後の砦に踏み込もうとしたところを、は止めた。
先程から感じている違和感が拭えなくて。
暫く考え込んでから、陸遜と太公望に提案した。
「これから先、待ち受けているのは罠である可能性が高いでしょう」
それは最もだが、此度の目的は妲己を捕まえることであるから、行かなくてはいけない。
罠だと分かっていて飛び込んでいくのだから、心構えもある。
「ですが・・・先程からこの場所に奇妙な気配を感じるのです」
出来るだけ三人は近寄って、小声で話す。
このような戦場では、いつどの場所で誰に聞かれているかも分からないものだから。
「妙な気配?」
「ええ。それにあの砦からは妲己さんの力しか感じません。先程まであった少女のものがないのですわ」
眉を顰めた陸遜と太公望に、は感じていたことを説明する。
とんとんと場所を移動する妲己に付いて回っていた少女の力―――
それが前方にある砦からはまったく感じられないのだ、と。
「ならばここで一人張り込むとしよう」
太公望の考えにと陸遜は同意して、誰が残るのか相談する。
得体の知れない力を感じられるが残る方がいいのか。
それとも何があっても即座に対応できる陸遜が残るのか。
「私は、罠に入ろうと思いますわ。妲己さんも私がいれば、食って掛かってくるでしょう」
「私も妲己を追う。あれを捕まえるには特殊な術の方がいいだろう」
太公望は元より妲己を捕まえるために進むつもりだった。
だからと陸遜のどちらが残るか、というのを決めていて。
の言い分に、陸遜も頷く。
「確かに少々危険かもしれませんが、殿には異常な程の敵意を持っていますからね、妲己は」
陸遜も何ら反対することはなく、三人は二手に分かれた。
陸遜は身を潜めるように、その場に留まって。
と太公望は砦へと兵を進める。
「では、後ほど」
そう言って、作戦に移行した。
竜巻を避けて砦の中に入ると、思った通り敵兵が犇めき合っていた。
敵将の数も多く、身動きも取り辛い。
太公望と二人、砦内まで突入したは既に敵将を一人討ち取って。
兵が足止めされている原因の竜巻を止めようと術者を探す。
砦の奥深くにその姿を見付け、素早く行動する。
「っ―――――!?」
術者を討ち取り、その傍に居た敵将には矛先を向けようとした。
だが、突然横から殺気を感じ、後ろに高く跳ぶ。
その直後、いままでが立っていた場所を、何かが一閃した。
それを目の端で捕らえながら、空中で軽く一転したは木箱の上に降り立つ。
「凄くお久しぶりね、さん」
少し高い場所から声の方を見れば、腰に手を当てて立っている妲己がいた。
相変わらず彼女の得物は宙に浮いていて。
それが飛んで来たものだったのだと、分かる。
「本当にお久しぶりですわ、妲己さん」
木箱の上に立ったままのは、軽く会釈して挨拶を返す。
戦場には場違いな、懐かしい友人に向けるような笑顔で。
は敵に対しても態度を変えないので、これが普通だが―――
妲己にしてみれば馬鹿にされていると感じるかもしれない。
「あの時、消滅されたものだと思っていました」
あの時、とは魔王を倒す前、一騎打ちをしたときのことだ。
見事に妲己を出し抜いたは、確実に致命傷を負わせていて。
と、陸遜の二人が見ている前で、灰のように崩れたのを確認している。
それなのに、いま彼女は目の前に立っていて。
「あれくらいで死ぬわけないじゃない?」
ふふっと笑った妲己は本当に楽しそうだ。
を騙し通していたのが、嬉しいのか。
どこか優越感に浸っているのが分かる。
「だが、お前の命数もここまでだな、妲己」
横から話に入ってきた太公望は、真っ直ぐに妲己を睨んでいる。
その彼の周りには、敵兵の屍が隙間なく倒れていて。
いつの間にか残っているのは妲己と極少数の兵だけになっている。
「あら太公望さん。貴方が人と手を組むなんて・・・どういう風の吹き回し?」
妲己を睨んだままの横まで移動した太公望には何も言わない。
その反応も予想の範疇なのか、妲己はにまりと笑うだけ。
「それとも―――さんに絆されたかしら?」
「どういう意味だ?」
「さんって魔性の女なのよ?遠呂智様まで惑わすくらい」
何を、と目を見開いた太公望はを見た。
いままで接してきた彼女からは、そういう感じは覚えたことがなく。
誰これ構わずというよりは、真っ直ぐ一人にその想いは向いていて。
関わりが浅い太公望でも分かるくらい、それは顕著に出ている。
「私は、どなたにどう想われていても、どれほど心を向けられたとしても」
すとっと木箱から飛び降りたは、一歩ずつ足を進める。
手には細剣を握っているだけで、だらりと腕は下げられている。
その状態で、間合いを計るでもなく、妲己に近付いていく。
「私の心は陸遜様にしか向きません。私は、陸遜様のものですわ」
強く、凛とした態度で言葉を放つと同時に、は地を蹴った。
が一気に詰めた分の距離を、妲己は後ろに跳ぶことで再び取り直す。
連続で繰り出される光の柱のようなものを、は軽く左右に避けて。
間合いを詰められないと判断して、一度飛び退いた。
すると今度は妲己が回転する力を使って、の懐へと入ってくる。
妲己の得物である球体が彼女の身体を守るようにして回っていて。
その状態で来られれば、は避けるしかない。
二つが回っている距離を見計らって、飛び込むことも可能だが―――
壁際まで追い詰められたは、軽く後ろに跳ぶ。
そして壁を蹴って今度は上へ高く飛び上がった。
急に対象物が目の前からいなくなり、妲己の目線が上に向く。
そこへは左手を一閃して、小太刀を投げ込んだ。
「ちょっ―――――」
斜め上の高い場所から降ってきた小太刀を、妲己は慌てて避ける。
その彼女に掠ることもしなかった小太刀のところへ、は降り立つ。
左手で小太刀を地面から引き抜き、降りてきたときの反動を使って、妲己の方へ一回転し―――――
ちょうど懐へ潜り込むと、両腕を真横に薙いだ。
「きゃあっ!」
手応えを感じると、は一瞬でまた間合いを取った。
妲己に一撃食らわせはしたが、油断していると得物が飛んでくる。
「妲己さん、以前より弱くなられましたか?」
傷を負い、息が上がっている妲己には問い掛けた。
ぎっと睨み付けられても、は堪えない。
「まだまだっ!」
傷があるせいか、二度目を仕掛けてきた妲己は速度が落ちていた。
回っている得物も、しっかりと捕らえられるくらいに。
目で見ていて分かる球体の動きを、は避けながら確かめる。
攻撃の形態が変わった瞬間を狙って、下がらずに前に出た。
片方を持っている細剣の柄で叩き落し、空いた空間から妲己の懐に入る。
小太刀で浅く斬り付けると、さっと身を引く。
伸びてきた妲己の腕から逃れるように飛び退き、彼女の得物を踏み台にして―――
「観念して下さいませ」
妲己のすぐ真後ろに降り立ったは、軽く剣をその白すぎる身体に突き立てていた。
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