その目に映るもの −1−
「ん―――――」
明るい光が差し込んできて、重たい瞼を持ち上げた。
ぼやぁと霞が掛かっている視界に、人の顔が映る。
「気が付いたか?」
高い少年のような声。
自分の置かれている状況が分からなくて、身を起こす。
ここはどこなのか。
少なくとも魔王の居城ではないらしい。
あの独特の空気も、体力を奪う重苦しさもない。
「ここは・・・・・・?」
「何も覚えておらんのか?」
辺りを見回しても、知らない場所。
見たこともないような調度品が並んでいて、広い部屋の中央に自分が居る。
そして横には少年と青年の中間くらいの年齢である人。
その少し後ろには大人の男が控えて立っている。
「確か三成様に連れ出されて―――」
「ここに来たのだ。直後に意識を失ったがな」
妲己の後ろにいつも控えていた影―三成の手であの場所から解放された。
馬に乗って違う大きな城に来たところまでは覚えている。
そこで、この城を居城としている人と会って―――
「わしは伊達政宗。こっちは―――」
「片倉小十郎にございます」
「おぬしは?」
「と申します。政宗様、小十郎様」
上半身だけを起こした体勢で居たのを、座り直す。
二人に向き合うようにして、頭を下げた。
目が合うと、にこり笑う。
「おぬしにはこれからここで過ごしてもらう。詳しいことは小十郎から聞け」
そう言って政宗は出て行ってしまった。
残った小十郎を見ると、どこか困ったように苦笑を浮かべている。
「三成殿に頼まれて、貴方の身柄をここで預かることになりました」
静かな口調で、小十郎は事情説明を始めた。
政宗が居城で過ごし始めて、数日が経った。
ここは魔王の居城と違って、居心地がいい。
空気がどこか穏やかで、やさしい感じがする。
あの日、三成は自分を政宗に預けると、直ぐに引き返したらしい。
掻い摘んで聞いた話だと、彼は独断で自分を連れ出した。
気付かれると咎められるだけでは済まない可能性が高いとのこと。
この場所では政宗の配慮で、同じ年頃の侍女が数人傍に仕えている。
周りにある調度品も、この城自体も、日本のものだという。
独特の雰囲気からか、ゆったりと過ごせて気持ちが落ち着く。
三成が持ち出してくれた自分の得物は、預かられている。
変な気を起こして使わないためだと言われた。
何があっても彼の、陸遜の命が懸かっている限り、何もする気はないのに。
それを思うと、彼らはその辺りの事情は聞いていないみたいだ。
誰か共を付けていれば、城の中を歩き回っていても何も言われない。
立ち入りを禁止されている場所もあるが、そこ以外はどこでも入れる。
食事も湯殿も城主である政宗と同じように用意され、衣服も不自由なくされる。
まさに至れり尽くせりな状態で、捕虜の扱いでないことだけは分かった。
望めばいま世界がどうなっているか教えてくれる。
それで分かったのは、孫呉が属国として従うことを余儀なくされていること。
その為に孫家の人達は理不尽な戦を強いられている。
君主である孫堅を助け出すために。
捕まっていない孫呉の宿将達は各地で反乱軍として動いていることも。
その中に陸遜も含まれていることを知った。
高い天守閣の窓から外を眺めて黄昏る。
見難い大地になったとしても、場所場所で清々しさを感じるところもある。
この辺りは政宗の統治が行き届いているのか、何事もなく平和だ。
そんな地域を見ながら、噂に聞く彼を想うと、自然に口から言葉がついて出る。
周りに誰も居ない時に、彼を想って。
「何を歌っておるのじゃ?」
「政宗様」
コツンと音がして、声を掛けられてから彼が居ることに気が付いた。
いままでならば、一定の範囲に近付かれただけで、人の気配に反応していたというのに。
この生活を続けていて、どれだけ武将としての感覚が鈍っていっているのか。
「歌と言うほどのものではありませんわ」
確かに自分は詩を歌い、踊り舞う歌舞姫だった。
でもいまは、そんな楽しい気分にはなれない。
陸遜を想って口ずさんでいた言葉が、自然と歌のようになっていたのだろう。
「ただ、思ったことを口にしていただけです」
「そうか」
階段付近に立っていた彼が動く気配がして、そちらを向く。
自分の前に座った彼に向き合うようにして、体勢を変える。
「近々わしも戦に出る。反乱軍を鎮めるためにな」
「そう、ですか・・・・・・」
政宗は魔王が乱世を平定することを望む一人だ。
その為に各地で起こっている反乱を鎮めに走っている。
ここに来てから、何日か彼が城を空ける日もあった。
「安心しろ。おぬしの仲間は居らんわ」
「お気付き、でしたか」
「馬鹿め、分からぬはずがないわ」
自分が魔王に従っていないこと、反乱軍の身を心配していること。
隠していたつもりはないけれど、態度に出していたつもりもない。
国の仲間を心配することは、当たり前だ。
いまは従っていても、そういう態度をありありと出している人も居るらしいのだから。
「取り敢えず一時的にでも大人しくなってもらわんと、わしの面子も立たんからな」
やれやれ、と政宗はため息を吐く。
彼は戦を楽しんでいるわけではないみたいだ。
どちらに付いているかが違うだけで、乱世が治まることを望んでいる。
「お気を付けて、政宗様」
「分かっておるわ」
反乱軍も心配だが、政宗達も心配になる。
彼らは悪い人ではない。
どちらにも怪我をして欲しくない、出来れば争っても欲しくない。
よっと腰を上げた政宗は階段を降りていく。
その少し後ろから付いて、天守最上階から降りた。
「様、本日はこちらのものを」
政宗達が戦に出向いて城を空けてから数日後の朝、仕度をしていると侍女に衣を渡される。
意味が分からないまま受け取って広げてみると・・・・・・
自分が普段着ているものと形の違う衣服。
よく見ると彼女達が着ているものと同じような感じだ。
「こちらを着ればいいのですか?」
「はい。お手伝いします」
一人では着れない形状のきものを、侍女に着付けてもらう。
なぜ今日に限ってこれを着るのか分からないけれど、されるがまま。
彼女達に手入れされている髪も結い上げられて、すべての準備を終えた。
「ささ、お手を」
履物もきものに合わせたもので、慣れないために歩き難い。
差し出された侍女の手を借りて、促されるままに下へと降りていく。
降りきった先ではザワザワと人が満ちていた。
「丁度よかったようですね」
「え?」
「本日、政宗様方がお帰りになるのです。お迎えに上がってくださいませ」
では、と言い残して侍女は戻っていった。
暫くその場で待っていると、ぞろぞろ人が帰ってくる。
その先頭に政宗の姿が在って、後ろにはいつもの配置で小十郎が居る。
「お帰りなさいませ、政宗様」
「!?」
「これは・・・殿ですか」
丁度城内に入ってきたところで頭を下げて声を掛けた。
こちらに気付いた政宗は驚きに声を上げる。
小十郎も目を瞬いて表情を崩していた。
「ええ。ご無事で何よりですわ」
心の底から安心して、二人に笑みを向けた。
「して、今日は何故そのような格好をしておるのだ?」
「こちら、ですか?」
帰ってきて戦装束を脱いだ政宗と小十郎は不思議そうな顔をしている。
自分に当てられている部屋に戻ってきて、第一声がこれだ。
「今日はこれを着てください、と言われまして」
日本のきものを着ていることを疑問に思われて、朝の出来事を素直に話す。
着替えるものはいつも彼女達が用意してくれるので、何ら不思議ではなかった。
「似合いませんか?」
「いいえ。よくお似合いですよ」
首を傾げて訊いてみれば、頭部に付いている簪がシャラシャラと音を発てる。
質問には小十郎が即答で答えてくれた。
良い返事をもらえたので、嬉しくて笑う。
「っ―――」
政宗が小さく声を詰まらせたのが聞こえて、目を向けた。
何故か心なし彼の頬が紅くなっている気がする。
目線も逸らされていて、どこか不自然だ。
「政宗様、お顔が少し赤いようですが・・・・・・風邪でも召されましたか?」
「な、何でもないわ!」
顔を覗き込んで見上げると、また視線を逸らされる。
少し強めに何もないと否定され、果てには身体ごと背を向けられた。
その横ではおかしそうに小十郎が笑っている。
「黙れ、小十郎」
「はい、政宗様」
小十郎が笑っている意味が分かっているのか、苦し紛れに政宗は怒鳴りつける。
是と返事をしたものの、小十郎の肩はまだ小刻みに震えていて・・・・・・
二人の遣り取りを見ていて、おかしくなって笑った。
「!」
「す、すみません。お二人を見ているとつい・・・」
声を出しはしないものの、笑いは中々収まってくれない。
小十郎もまた笑い出して、政宗は一人、居心地悪そうにしていた。
彼には悪いが、こうやって笑うのも久しぶりだ。
「そう言えばな、」
暫くして笑いが収まってから、政宗は神妙な面持ちをして話を切り出してきた。
何を言うのか小十郎も分かっている様子で、表情が真剣だ。
二人がこうしていると、どんなことを言われるのか大体予想は付いてくる。
「孫呉の連中が動き出したそうだ。反乱軍も遠呂智軍も」
「え―――?」
「それも妲己の手回しで、同士討ちするように仕向けているようですよ」
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