その目に映るもの −2−
「お二方は・・・・・・私のことをどう聞いておられるのですか?」
一番恐れていたことが二人の口から聞かされた。
自分はたった一人、陸遜と―彼以外の孫呉の人間とも―戦いたくがないために逃げていたこと。
同じ国のものが遠呂智軍と反乱軍に分かれて戦うという、最悪の事態。
「遠呂智の客人だとしか伝え聞いておらぬ」
「やはり、そうなのですね・・・」
もとより、二人に確認するまでにそうだろうと気付いていた。
客人とでも聞いていなければ、ただの捕虜に対して待遇が良過ぎるのだ。
三成に手を引かれ、無断で魔王の居城から逃げ出してきた人間を。
「どういうことじゃ?」
「私は、魔王の客人などではありません。ただ、ただの―――――」
言ってしまえばこれから二人や侍女達の自分に対する態度が変わってしまうのか。
蔑まれた目で、異端者として扱われるのかもしれない。
魔王の居城に居たときのように。
でも、それが本来の待遇だ。
少し哀しい気持ちになるが、当たり前に戻るだけのこと。
「何じゃ?」
「たった一人の方のために魔王が下へ参じた、捕虜なのです」
「なっ―――――!?」
俯かず二人をしっかりと見て言い切れば、声を上げたのは小十郎だった。
政宗は多少目を見開いていても、そこまで動じていない。
もしかしたら薄々感付いていたのかもしれなかった。
「やはりな、そうであったか」
充分な間を置いて始めに口を開いたのは政宗だった。
ため息を吐くように、小さくはき捨てる。
「三成からおぬしを預かったとき、何かおかしいとは思っておったのだ」
「ならば、何故―――?」
「聞かなかったのか、と?」
今度は自分が驚いて言葉をなくしてしまう。
そんなに早くからおかしいと思っていたのであれば、普通は確かめるもの。
本人に聞かなくとも、遠呂智や妲己に問い詰めればいい。
政宗には、その資格が少なからずある筈だ。
それなのに―――
「自分が関わる人間は己が目で確かめる。それだけじゃ」
頷くことで質問に是を示すと、あっさりとそう告げられてしまった。
周りの言葉など気にせずに、自分の目で確かめて人と接する。
確かに自分もいままでそうしてきていた。
このような時世になってしまっては難しいと思っていたことを、彼は実行している。
「では、私は―――」
「おぬしが何であろうと、わしが気に入ったのだ。そのような細かいこと、気にせずともよいわ」
「ええ。それは私も同じですよ」
政宗が同意を求めれば、小十郎も微笑んで頷いてくれる。
それが本当に嬉しくて、少しだけ涙が出てきた。
敵も味方も関係なく、信じられる人はいるものだと教えてくれた。
「お二方・・・ありがとうございます」
この世界に巻き込まれてから、初めて本当の笑顔を浮かべた気がした。
本当のことを言った日から、みんなの態度は少しも変わらない。
もしかしたら持っていた蟠りが軽くなって、前より親しくなった気さえする。
あの後、ちゃんと詳しく身の上の説明をして、二人には聞いてもらった。
他の人に言ってくれても構わないとも言った。
だからこの城の中には事情を知る者が数人居る。
「様」
「はい?」
あれから暫くして、また政宗達は戦へと出て行った。
最近、反乱軍の行動が激化していて、収まることを知らないのだという。
「お客様です」
「お客、ですか?」
「俺だ」
政宗も誰も居ない城に、その上自分に客とは珍しい。
そう思っていたら部屋の入り口まで来ていたのか、知った声が聞こえてきた。
慌てて通すように伝えて、侍女達には席を外してもらう。
「お久しぶりです、三成様」
「ああ。どうやら元気そうだな」
「はい」
立ち上がって三成に席を勧める。
彼が座ってから向かい合うようにして正面に座った。
「あの・・・・・・三成様は大丈夫だったのでしょうか?」
「何の話だ?」
「その、私を無断で連れ出したことです」
何を聞いているのか分かっている筈なのに、彼はけろっとしている。
まるで自分は関係ない、何もなかったとでも言うように。
それでもこっちは気が気でなかったのだ。
自分は助かったが、彼がその為の犠牲になっていたら意味がない。
「ああ・・・妲己は暫く五月蠅かったがな。遠呂智が納得したので平気だ」
「そうでしたか・・・良かった」
何もなく無事に済んでいて、心の底から安堵した。
でも他の捕虜と違い自らの城に閉じ込めていた自分を出したこと、遠呂智が許すというのが不思議だった。
普通ならば何があっても出さずに見張っていそうなものなのに。
「お前は・・・おかしな奴だな」
「え?」
「自分の方が危なかったというのに、俺の心配などしていたのか」
心底呆れた、といった風な表情で見られた。
「私が、危なかった?」
「ああ」
危なかったといえば危なかったかもしれない。
あの時三成が助けてくれなければ、近いうちに死んでいただろうとも思う。
でもそれは、あの城に居たからではなかったのだろうか。
「確かにあの城は独特な空気を纏っていて、息苦しい」
よく妲己に付いて出入りしていた三成も、息苦しさは感じていたらしい。
あの中で平気なのは遠呂智と妲己、彼らが創った異形のものだけではないのだろうか。
「だがな、お前の部屋はそれ以上だった。どうも妲己が力を掛けていたらしい」
「えっ!?」
「どうやら本気でお前を殺すつもりだったみたいだ」
気を利かしてお茶を淹れてきてくれた侍女からそれを受け取って三成に出す。
自分の者も用意されていたので、手に取った。
一口含んでから話した彼の言葉には、衝撃を隠せない。
「何故でしょう?私はただの捕虜ですのに」
「遠呂智に気に入られていただろう?それが気に食わなかったらしいな」
「魔王に、気に入られて・・・?」
捕虜になる際、確かに向こうから自分を指名して声を掛けてきた。
共に来るのであれば、陸遜の命を保障する、と。
その上、条件も呑んでもらえてあの城へ行った。
それのどこが気に入られているというのか・・・
詳しく知らないが、他の人達もそうではないのか。
「遠呂智は有無を言わさず重要な者を捕らえ、従えた奴らは働かせている」
「では―――――」
「交換条件など、まず呑んでもらえない。それに奴はよくお前を気に掛けていたな」
信じられないような話だ。
力だけを誇示して歪めた世界に戦いを挑み、いまを作った本人に気に入られているなど。
自分のどこにそんな要素があったのかも分かり難い。
何か裏があるのか・・・・・・
疑わずには居られない。
「だからだろうな、妲己は日に日にお前の居た部屋に圧力を掛けていた」
「あの苦しさも、それが原因だったのですね」
「ああ。よくあそこまで耐えていたものだ。弱い者ならば死んでいた、確実に、な」
「三成様に助けていただいたお陰ですわ」
弱い強いの基準が力なのか精神力なのかは分からない。
でもあの時の自分は、たった一つのことだけを思って耐えていた。
自分が果ててしまうと、陸遜の身の安全はなくなる。
そして助けに来ると言った彼との約束を違えることになる。
だから死ねない、それだけで生き抜いていた。
礼を言って微笑むと、スイと顔を逸らされた。
「ここへ来た本題に入る」
徒然話のようにいまの現状を話し終えると、三成が切り出してきた。
冷めてしまったお茶を淹れ直して態度を改める。
「最近、孫策が妲己に使わされて反乱軍を鎮めに行った」
「政宗様から聞いて存じ上げています。同士討ちをさせられている、と」
「そうか。なら話は早いな」
だが重大なのはここからだ、と三成は言う。
同士討ちに関してはある程度聞いていたが、反乱軍の主格が誰とは聞いていない。
多分そのときはまだ詳しい情報が入っていなかったのだろう。
けれど三成は妲己に付いていて、直ぐに新しいことが分かる。
「反乱軍を纏めていたのは陸遜。凌統や甘寧といった呉の人間で構成されていた」
「―――――――っ!?」
反乱軍として陸遜が動いているとは聞いていた。
だけどまさか同士討ちにされているなんて思ってもいなかった。
どこかで身を潜めているものだと思っていたのに。
「反乱軍は奮戦するも孫策の前に敗走。散り散りになって逃げたらしい」
「では凌統様や甘寧様、主格の陸遜様もご無事なのですね?」
「いや、そうでもないな」
逃げたと聞いて安堵したのも束の間、三成は否と続ける。
同じ孫呉の武将でも特別親しかった人達が心配で仕方がない。
どうか、どうか、と思ってしまう。
「各個、追っ手を向け追撃しているようだ。中でも陸遜は・・・・・・大軍勢を差し向けて孤立するまで追い込んでいるらしい」
「そんなっ!」
自分が軍略を練り行なう戦でも、主格には手を緩めない。
頭さえ潰しておけば統率は低くなり、あとの者も撃退し易くなるから。
その動かし方は基本中の基本。
けど今回の場合は―――――
「陸遜様の命は保障すると、そういうお約束で私が魔王が元にっ」
「俺もそう聞いている。どうも追撃は妲己の独断らしいからな」
「私がここに留まる意味が―――――」
「落ち着け」
仮に陸遜が討たれたり捕縛されると、自分が捕虜になった意味がなくなってしまう。
留まることで命を延ばせてもらえるなら、と望んだのに。
無意識のうちにポロポロと涙が零れてきて、袖で拭う。
俯いてギュッと目を瞑っても止まらない。
次から次へと流れてくる。
どれだけ感情が乱れているのか、誰が見ても分かること。
三成に肩を掴まれて顔を上げた。
「陸遜が孤立している近くに反乱軍の軍勢が居ると聞いた。助けられている可能性はある」
「え・・・・・・?」
「詳しいことは・・・・・・何らかの形で追って知らせる」
ではな、と三成は立ち上がった。
呆然と去っていこうとする姿を見ていて、何か違和感を覚えた。
さっきの言葉の言い回しも、どこか妙な感じがして―――――
「三成様」
呼び止めた。
もうこうやって彼に会うのも最後のような気がして。
こういった勘は外れたことがないから、余計に。
これだけは言っておきたくて。
「ありがとうございました。三成様も・・・・・・どうかご無事で」
スッと頭を下げて送り出す。
三成は何も言わずに帰っていった。
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