その目に映るもの −3−










 「お帰りなさいませ、政宗様」

 遠く反乱軍を鎮めるために遠征に出ていた政宗は、居城に帰ってきて臣下達に迎えられた。
城門からずらりと並んで頭を下げている面々を見渡して、軽く首を傾げる。

 「どうかされましたか?」

 「いや・・・・・・」

 何かを捜している風な政宗の様子に、小十郎は声を掛ける。
彼自身もぐるりと辺りを見回して、ああ、と納得したようになった。

 「殿が居られませんね」

 「・・・・・・」

 捜していたものの図星を突かれて、政宗は黙り込んだ。
心なし染めた顔を誤魔化すように小十郎を睨み付ける。
それでも小十郎は意味有り気に笑んでいるだけだ。

 馬を降り城の中に入ってから戦装束を脱ぐ。
湯浴みで纏っていた汚れを落とし身軽な服装になると通り掛った侍女を捕まえる。

 「おい、はどうした?」

 「様は・・・身体が優れないご様子でお部屋の方に」

 「分かった」

 侍女を下がらせてから、に当てている部屋へと向かう。
この城に来てから臥せっていることなどなかったから、心配だ。
三成に聞いたところによると、遠呂智の居城では常に臥せっていたらしいが。

 「、入るぞ」

 襖の前で一声掛けてから、政宗は部屋へと入る。
敷いてある褥の上には横たわっていた。
目を瞑っている整った顔も、散らばっている長く艶やかな黒髪もすべてが美しく見えて政宗は暫し入り口で見惚れていた。
ハッと我に返り頭を軽く振ると眠っているの横に腰を降ろす。
顔に掛かってしまっている髪を退けた。

 「ぅ、ん―――――」

 が軽く身動ぎして、政宗は触れていた髪から手を離した。
目が覚めたのか、薄っすらと目が開く様子をじっと見る。
彼女がこの城に来て初めに目を覚ましたときのようにして。

 「起きたか、

 「政宗様・・・お帰りになられたのですね」

 目はぼんやりとしながらも意識はしっかりしているのか、はお帰りなさいませ、と微笑んだ。














 が着替える間部屋から出ていた政宗は、に付けている侍女の一人から話を聞いていた。
どうも彼女の様子がおかしい、そう思ったからだ。

 「三成が来てからじゃと?」

 「はい、その頃からです」

 政宗が不在の間に三成が訪ねて来て、と話し込んでいたこと。
その内容については一切聞いていないと侍女は言った。
けれどがどこか臥せるようになったのは、それからだと言う。

 「政宗様、どうぞ」

 の身支度を手伝っていた侍女に促されて、政宗はもう一度部屋に入る。
中にはしっかりした表情のが座っていた。

 「すみません、政宗様。お出迎えもせずに」

 「そのようなことは、よい。起きていてよいのか?」

 「ええ。殆ど精神的なものですから・・・」

 「三成から、何を聞いた?」

 困ったように笑うに、政宗は核心を問う。
侍女が言うように三成が来てから伏せがちだというのであれば、尚更。
彼から聞いたことでが参っているというのは安易に想像が付く。

 「反乱軍の、動向を―――――」

 「それだけではないであろうが」

 反乱軍や遠呂智軍の動きは政宗もよく教えている。
それだけでがこのようになることはなかった。
精神的な辛さを背負うくらいの話を聞かされたのだろう。
だから政宗は全部吐き出すように問い詰める。

 「陸遜様がっ―――――」

 は涙を流さないながらも、心情を吐き出していく。
三成に陸遜が追撃されていると聞いてから、彼が心配で心配で仕方がない。
助け出されている可能性はあると三成が言っていても、確かな事実はまだない。
どういう結果になっても連絡を寄越してくれる筈だが、待っている間にも不安が渦巻いて心を蝕んでいく。

 「塞ぎ込んで閉じこもっていても仕方がなかろう」

 が溜め込んでいたものを聞いて、政宗は言った。
気持ちを吐露できる人間が近くに居なかった分、は追い詰められていたのだ。

 「こういう時ほど外に出るのが一番じゃ」

 「え?」

 「行くぞ、

 手を取ってグイッと引かれたは慌てて立ち上がって、政宗に付いていく。
どこに行くのか疑問に思いながら、されるがままに。














 「おぬし、剣は使えるのであろう?」

 「え?あ、はい。一応は」

 「ならば、わしと勝負じゃ」

 城の一角に在る庭に連れて来られたは、政宗と対峙していた。
わけが分からないながらも、政宗の心遣いに感謝する。
気を逸らそうとさせてくれているのだと。

 「真剣、ではありませんよね?」

 「当たり前じゃ。そんなものを使ってやっておると謀反と見られるだろうが」

 分かってはいたが、一応確認すると思っていた通りの返答が来る。
政宗から投げ渡されたのは木刀。
二人共同じものだ。
そして立会人には小十郎が連れ出されてきている。
他にも数人、見物するように立っていた。

 「では、やるとするか」

 「手加減して下さいね、政宗様」

 いくら武将としての腕があるといっても、それは毎日鍛錬してこそのもの。
陸遜と共に逃げていたときは剣を握っていたが・・・・・・
遠呂智の元に捕虜となってからは剣を握ってさえいない。
この感触は、本当に久しぶりなのだ。

 「では両者・・・・・・始めっ!」

 小十郎の号令を聞いて、瞬間的には動いた。
速さでは孫呉の中でも負けたことがない。
一瞬で政宗の懐まで間合いを詰めて、迫り行く。

 (速いな)

 そう思いながら政宗は身を翻す。
おぉ、と周りから歓声が聞こえるのも気にしない。
一度目は避けたものの、はまた迫っている。

 (政宗様も速いですわ)

 それでも速度はの方が上回る。
一度避けられて背後に回られたところを、右足を軸にして身体を捻る。
回る力を利用して剣を一閃、横薙ぎに振るった。

 上手く背後を突いた政宗は、今度は仕掛けるように動く。
そこに思った以上の速さでの剣が迫ってきたのを、反射的に木刀で受け止める。
それから後ろに跳び退いて、一度大きく間合いを取った。

 「やるではないか」

 「ありがとうございます」

 言葉を交わすと直ぐ、今度は政宗が動く。
両側から交互に剣を振り下ろし、を狙っていくが彼女は全部綺麗に避けていく。

 左右から下りてくる剣をは軽い足取りで避けていく。
自分の持つ剣で受けてもいいのだが、力負けする可能性がある。
それならば避けれるだけ避けたほうがいい。
それでも段々と後方―壁のある方へ追い詰められていく。

 「もらった!」

 あと一歩で壁に背が当たるところで、政宗は剣を振り下ろす。
完璧に決まれば、勝敗は見て明らか。
けれど―――――

 は剣が振り下ろされると同時に、一歩前へ出た。
出した足で地面を蹴り高く一度後ろへ跳ぶと、次は壁を蹴ってくるりと政宗の背後へ降り立つ。
そしてそのまま低い体勢で空気を薙ぐ。
ちょうど政宗の腹部辺りに。

 「そこまで!」

 パァンッと弾かれる音がして、小十郎の声が響く。
と政宗、二人の手に木刀は握られていなかった。
二本ともあべこべな方角、観客が居る方へ飛んでいってしまっている。

 「中々楽しかったぞ、

 「私も、こんなに動いたのは久しぶりですわ」

 「また機会があればやるか」

 の最後決めに入った一閃を、素早く受け止めた政宗。
互いの力が押し合った結果、双方引き分けで締め括られた。






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