その目に映るもの −4−
その日から暇さえあれば政宗はを連れ出すようになっていた。
その為にも塞ぎ込むことがなくなり、明るさを取り戻している。
の様子に周りがホッとした中、またも政宗が城を空けた。
そしてその時を狙っていたかのように、一人の忍がを訪ね来る。
一通の文を手に。
「三成様から預かってきました」
「お疲れ様です」
使いから文を受け取って、中を開き見る。
けれどそこに並んでいる文字の列には軽く首を傾げた。
「あの・・・」
「はい?」
近くに居た信頼の置ける侍女を呼び寄せる。
どうしたのか、と寄ってきた彼女には文を差し出した。
「すみませんが・・・・・・読んでいただけますか?」
元々違う言語を使っている国の人間同士なのだ。
話し言葉が通じることに関しては気にしないが、書き出されるとまた違う。
使っている文字が違っているために読むことが出来ないのだ。
「はい」
文を受け取った侍女は、ざっと目を通してから口を開く。
読み上げられていく内容に、は耳を傾ける。
『以前言っていた陸遜の件だが、近くを通っていた織田信長率いる反乱軍に助けられた』
どのような内容が綴ってあるのか、内心ビクビクしながらは聞き込む。
助けられた、と無事を確認できて、ホッと一息吐く。
『いまはその反乱軍と行動を共にしているようだ。妲己も迂闊には手を出せまい』
政宗から聞いている話によると、織田信長の反乱軍は一番大きいものらしい。
着々と仲間を増やし人々をけし掛ける。
勢力は増す一方で、全勢力を向けなければ止められない程になっているらしかった。
『一時的とはいえ、安全には違いない。無茶な行動だけはしないほうが懸命だ』
用件だけを簡潔に書かれた文は、最後に「石田三成」という署名と華押で締め括られていた。
読み終わった文を侍女から受け取ると、換わりに紙と筆を頼む。
その間にもう一度自分で読み返す。
「様、どうぞ」
「ありがとうございます」
用意された道具を受け取って、直ぐに文机へ向かう。
この場所に居る人も、三成自身も文字は読めないだろう。
けれど、彼の傍には曹丕が居ると聞いている。
ならば問題ない。
暫く黙って文を嗜めていたは筆を置き、乾いたものを折り畳む。
それをずっと待っていた忍に差し出す。
「三成様に、渡していただけますか?」
「御意」
ざわざわと辺りがざわめきに満ちていた。
妲己の居城とされている場所に、わらわらと兵が集まってきてる。
その中心に居るのは曹魏を纏めている曹丕。
彼の後ろからすらりと出てきた三成だ。
反乱の第一歩として妲己の口封じに行動を移した曹丕に、三成も乗った。
裏舞台から表舞台へと上がるのだと、宣言して。
「三成様」
スッと一瞬だけ姿を現した忍から文を受け取ると、即座に中を開く。
そうしている間にも忍は姿を消していて。
内容を一目見た三成は、軽く眉を顰めていた。
「曹丕・・・」
「何だ」
「非常に、悪いのだが―――――」
非常に、を思いっ切り強調して興味なさそうな曹丕を見遣る。
こちらも薄っすらとだが眉を顰めていて。
訝しんでいる曹丕に三成は持っていた文を渡す。
悪いとは思っていないような態度で。
「読んでくれ」
「・・・・・・・・・」
無言で文を受け取った曹丕は中を見て納得する。
そこに書かれているのは曹丕らが使っている文字。
頭が良いとはいえ、三成には解読出来ないものだ。
『詳細をお知らせ頂きありがとうございました。無茶な行動は致しません』
何を、と詳しい内容は書いていない。
前に直接話した二人には通じるもの。
読んでいる曹丕には不可解な点があるだろう。
『三成様、共に居られる曹丕様、ご武運をお祈り申し上げております。』
三成よりも、あっさりとしたからの文。
それでもしっかりと相手へ言葉は伝わっている。
曹丕から戻ってきた文を、三成は懐へ入れた。
「・・・・・・」
「知っているのか?」
「名は聞いたことがあるな。天下の美女として知られる二喬をも凌ぐ美しさの持ち主だと」
興味があるのかないのか、抑揚のない曹丕の感情は分からない。
ただ聞いたことのある名だと思い出し、口にしているだけ。
見た限りではそんな感じだ。
「二喬と共に手に入れたいものだ、と父がよく酒の席で洩らしていたな」
「そうか。俺は二喬を知らぬから比べようがないが―――」
周りを取り囲む兵に進軍を指示しながらも、二人の足は止まっている。
戦が始まった中で、二人だけが大きく構えていた。
「少なくとも、俺の時代ではほど綺麗な者は居なかったな」
「惚れたか?」
「馬鹿馬鹿しい」
三成が手を貸したということに興味を持ったのか、曹丕は皮肉に笑う。
そんな彼を三成は無関心を装い、鼻で笑い飛ばした。
反乱軍鎮圧から城へと帰ってきた政宗は神妙な面持ちをしていた。
が出迎えたときはそうでもなかったのだが、数日経ってからだ。
疲れているのかと思っていたのだが、どうやらそれだけではないらしい。
「」
「はい。どうかされましたか?」
日が経つほどに難しい顔をしている政宗が、久しぶりにの部屋へと訪ねてきた。
侍女の仕事を手伝い、針仕事に精を出していたはやわらかい笑みで迎え入れる。
その笑みで、政宗の眉間に寄っていた皺が少しだけ和らいだ。
「暫く城から出るでないぞ。良いな」
「・・・・・・?はい―――」
ただそれだけを一言短く伝えた政宗は、直ぐに立ち去った。
どこか様子がおかしいのは分かっているのだが、その原因が分からない。
いつも溌剌としていて、自信に満ち溢れた彼からは考えられないものだ。
侍女もそれを感じているようだが、意見出来る立場ではないからと口にすることはない。
も政宗の立場について詳しく知っているわけでもないので、追求出来ず。
考えていることなど、知る術もない。
小十郎に聞いてみれば、何か分かるのかもしれないが。
「こちら、終わりましたわ」
「ありがとうございます、様」
一つ頼まれていたものを仕上げ終えて、ひと段落つく。
もう手伝うものはないと言うので、手と針を休めていた。
他にも仕事を終えた侍女が、休憩用にお茶を淹れてきてくれる。
「殿、少しよろしいですか?」
ゆったり寛いだ空気の中、襖の向こうから声が掛かる。
落ち着いた声音、小十郎だ。
「どうぞ、小十郎様」
スッと音を発てずに襖を開け閉めして入ってきた小十郎は居住まいを正す。
何度か何かを言おうとして、言い難いのか口を噤む。
それを繰り返している間、は口を挟むことなく黙っていた。
促すのではなく、彼が話してくれるまで待つ。
「政宗様には口止めされているのですが、お伝えしている方がよろしいかと思いまして」
漸く開いた口から零れ出てきた言葉。
それは数日、政宗を考え込ませているものと関係があるようだった。
政宗が教えることを拒み、小十郎が伝えに来たこと。
「近く―数日後にはここで戦があります」
「―――え・・・―――?」
「反乱軍が攻めてきていると、情報が入ってきました」
いままで安全だった、統治され平和を見せていたこの地が戦場になる。
それは政宗に暗い影を落とし、考え込ませるには充分なことだ。
「政宗様は、城外で迎え撃たれます。反乱軍の目的が何であれ、お姿を見せないようにしてください」
「分かり、ました・・・・・・」
「では」
軽くだけ頭を下げた小十郎は、出て行った。
後ろに控え、話を聞いていた侍女も驚きを隠せないらしい。
目を見開いたまま、固まってしまっている。
「ここから出なければ、きっと大丈夫ですわ」
何か感じる違和感を隠せないまま、はそう侍女に声を掛けた。
少しでも不安を和らげるように。
いざとなれば―――――
覚悟を決めて。
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