共に、歩いて行こう −1−










漸く 小十郎から伝え聞いた通り、反乱軍が政宗の居城に攻めてきた。
城の中に居る関係のない一般人に被害を及ぼさぬため、外で応戦している。

 反乱軍が攻めてくるという話を聞いてから、は気持ちが落ち着かなかった。
実際それを目の前にして、更に動悸は速さを増している。
ドクンドクンと何か伝えるように、身体中が波打つ感覚が。

 侍女達に広がっていく不安を宥めながら、は外の様子を気にしていた。
まだ門が破られたとの悲報は入ってきていない。
ならば政宗の軍勢が勝っているということだ。

 「大丈夫ですわ。政宗様方を信じましょう?」

 「はい・・・・・・」

 手を握り、目を合わせて穏やかな笑みをは見せる。
ホッと落ち着いていくのを見て、も気を静める。
城に仕えている、武力を持たぬ者は集まっている。
バラバラに居るよりは、固まっていた方が気持ち的に楽ではないかと考えたからだ。

 するっと立ち上がって、は窓の方へ寄る。
そうやって何度か外の様子を確かめていた。
旗や鎧の色で、どちらなのか区別が付く。
それで優勢と劣勢を見るために。

 何が起こってもいいように、は初めに己が着ていた衣服を纏っている。
世界が歪む前から、戦に出るとき必ず着用していたもの。
戦闘向きに動き易い造りになっていて、身を護るにも最適だ。

 戦が盛況してきているのか、聞こえる声は大きい。
士気を上げるためだとは理解していても、侍女達はそうでない。
恐怖を煽る材料にしかならないのだ。

 彼女達に現状を簡単に説明しようと、は再度外の様子を窺う。
チラリチラリと視界に映る、やけに目を惹くものを見付けて目を見開いた。
収まりかけていた動悸が、また激しくなった。

 「        」

 ゆっくりと口を動かすだけで、声は出ていない。
ぼうっと意識が飛んでいたのが戻り、ハッとする。
気が付けば、身を翻していた。

 「様?」

 「もう、決着が付きそうですわ。大丈夫ですから、ここから動かないで下さいね」

 「様っ!?」

 驚いて声を上げる侍女を振り返ることなく、は部屋から飛び出した。
普段走ることがない彼女が、階段を足早に下りていく。
何も持たず、ただ決戦が行なわれている外へと。














 「よくもこの伊達政宗が居城へ少人数で攻めてきたものよ」

 反乱軍の総大将、いや、少数部隊だけを連れた一人の男に政宗は刃を向けていた。
大将同士が睨み合っているのを、兵は遠巻きに見守っている。
いまから一騎打ちが待ち受けているのだ。

 「その根性、気に入ったぞ」

 「お褒め預かり光栄です」

 皮肉めいた笑みを浮かべている政宗とは対照的に、男はにっこり爽やかな笑顔を浮かべている。
その両手に剣を携えて。
ここまで辿り着くのは当然だと言っているような顔だ。

 「おぬし、名は?」

 「陸遜、字は伯言といいます。独眼竜と称される伊達政宗殿に挑みに来ました」

 「ほう、潔い」

 双剣の男―陸遜が名乗ると、微かにピクリ、政宗の眉が動いた。
誰も気付かない程度に。
小十郎が見ていたならば、気付いたかもしれないが。

 (こやつがの・・・・・・)

 内心複雑ながら、政宗は悟られないように白を切る。
ここに直接陸遜が攻めてきたということは、が居ることも知っているのだろう。
彼女を助けるためだけに、単身で乗り込んでくるような男なのだ、彼は。

 「ならば来るがいい。器の違いを見せ付けてやるわ!」

 「陸伯言、参ります!」

 二人同時に構えを取ったとき、政宗の視界の端にキラリと何かが光った。
互いに間合いを計っているときで、陸遜が気付いた様子はない。

 (あれは―――――)

 光ったものに、政宗は覚えがあった。
三国の世にはまだなく、戦国の世に存在するもの。
政宗自身も、己が得手として携えているものでもある。
それは、拳銃。
その銃口はしっかりと陸遜に照準を合わせていた。

 「なっ―――――――!?」

 政宗が怒りと驚きが混ざった声を上げた瞬間、ドォンという音が響き渡った。
音は間違いなく、銃が撃たれたときのもの。
と遠呂智の約定から、陸遜を殺すことは許されていない。
政宗も、腕を確かめて退かせるつもりでいたのだ。
それを、何者かが邪魔をした。

 「陸遜様っ!!」

 政宗も陸遜も、周りから見守っている誰もが気付いていなかった存在が躍り出た。
悲鳴にも似た声で名を叫び、陸遜と銃弾との間に。














 はらり、黒髪が宙に舞った。

 「殿!」

 「!?」

 陸遜を押し退けるように飛び出し、傾いたの身体をしっかりと受け止めた。
覗き込んだ彼女の顔は、目をきつく閉じてしまっている。

 「!」

 「誰かそやつを捕まえろ!」

 腕の中に在るの身体を軽く揺さぶって、陸遜は声を掛け続ける。
血が流れている様子はないが、意識が戻らない。
そんな二人を見ながらも、政宗の指示で発砲した兵は捕らえられていた。

 「!!」

 「――――――り、く、遜、様・・・・・・?」

 硬く閉じられていた瞳が薄っすらと開いて、陸遜の姿を捉える。
状況が把握できていないのか、どこか不安定だ。

 「陸遜様、お怪我はっ!?」

 「私のことよりも、貴女は大丈夫なのですか?」

 どちらも自分のことより、相手のことを先に心配する。
周りが呆れるくらい、お互いのことしか見えていないような。

 身体に傷がなくとも、二人の近くにはの黒髪が散らばっている。
するりと一房掬い上げてみると、長さがマチマチになってしまっていた。

 「痛みはありませんわ」

 「ですが、貴女の綺麗な髪が―――――」

 「陸遜様が無事なのですから、髪など微々たるものですわ」

 髪を梳き手に取っては口付けながら話す陸遜に、は苦笑する。
それでも微かに頬は色付いていて、恥ずかしさが込み上げていた。
髪までを愛しんでくれる陸遜を嬉しく思いながら。

 「またいずれ、伸びますから」

 その場に独特な空気を作り出してしまっている二人は周りなど気にしていなかった。
いや、存在を忘れてしまっているのかもしれない。
ここが戦場だということも、戦の真っ只中だということもきれいに蚊帳の外のことになってしまっていた。














 「悪いが、邪魔するぞ」

 まったく悪いとも思ってないような口調で、二人の間に政宗が割り込んだ。
そこで漸く二人の空気が和らぐ。
そして状況を確認したは慌てて陸遜から身を離した。

 「ま、政宗様・・・」

 政宗をハタと見たは、あることを思い出した。
それは小十郎にも言われていたことだ。
戦の最中、何があっても出てきてはいけない、と。
それを彼女はしっかりと破ってしまっていた。

 「発砲した兵はわしの軍の者ではなかった。恐らく妲己めが差し向けたものだろう」

 遠呂智ととの約定を好ましく思っていない妲己は、何かと陸遜を狙っていた。
多くの兵を使い、一度捕り逃した時点で諦めたと思っていたのに。
どこからか陸遜がこの城へ攻め入るという話でも聞いて送り込んできたのか。

 「あの方は何をしてでも私を苦しめたいのですね・・・」

 「そのようじゃな。―――小十郎」

 「はい」

 妲己が陸遜に手を向けるのは、が気に入らないからだろう。
それは安易に想像できる。
堂々とに手出しをしては、遠呂智からのお咎めは免れないから―――
陸遜ならば手違い、で済むと思っているのだ。

 「殿、これを」

 「これは、私の」

 姿が見えないと思っていた小十郎が、政宗に呼ばれて出てきた。
座り込んで話している三人の元へ来て、持っていたものをに渡す。
それはずっと預かられていたの得物だった。

 「行くのじゃ、

 「ぇ―――――?」

 「どういうことです」

 告げられた言葉にも、黙っていた陸遜も驚きを隠せない。
そんな簡単に解放されると思っていなかったのだ。
少なからずまたは捕虜の身となり、陸遜は逃がされるのだと。
そう、二人は思っていた。

 「こうなった以上、もうどうにも出来んわ。ならば、したいようにすればよい」

 「ですが、私が行けば政宗様は―――」

 咎められるだろう、間違いなく。
魔王にとって大切だと分かる特別扱いをされていた捕虜を逃がした。
その罪は普通に考えるだけでも軽くはない。
問い質され、攫われたと言っても同じことだ。

 「なに、わしは遠呂智の腹心よ。心配など要らぬわ」

 「お二人共、早く行かれたほうがよろしいと」

 小十郎も政宗を咎めることはしない。
寧ろ積極的に逃がしてくれようとしている。
親しく接してくれていた人を見ても、皆頷いていた。

 「遠呂智は裏切った者に容赦ない。それは、おぬしにも同じことぞ」

 「はい・・・・・・ありがとうございます、政宗様。皆様、どうかご無事で」

 ぐるりと見渡して頭を下げると、は陸遜に腕を引かれ立ち上がる。

 「こちらが近道です。崖になっているので気を付けて」

 「大丈夫です。行きましょう、殿」

 「はい。・・・・・・では」

 二人手を取って一礼すると、躊躇うことなく身を躍らせた。
見ていたものが感嘆の声を上げるほど、軽やかに。

 「のう、小十郎」

 「何でしょう?」

 「送り出す立場というのは、何とも侘しいものよな」

 「そう、ですね」






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