その後、妲己の居場所が分かったという太公望の情報で、軍を進めることになった。
彼女が陣を張っているという城まで。
「こんなところに居たとは・・・」
「全軍、妲己を追い詰める。敵を掃討しつつ進め」
太公望の指揮で軍は動かされていく。
本陣から離れた前線で、は敵兵を相手にしていた。
すぐ近くには陸遜と太公望の姿もある。
次から次へと邪魔をしてくる敵将を討ち取り、城の中へと進んでいく。
どこか違和感のある戦場を、見渡しながら。
妲己の居る場所に近付けば、伏兵が現れて。
然して数も居ない彼らを前に、疑問だけが生まれていく。
「これしきの伏兵、直ちに一掃して見せましょう!」
「ええ。造作もないことですわ」
陸遜が上げた声に、も応える。
伏兵が成功したことで士気の高まっている相手を崩すには、迅速な撃破が有効的。
盗賊のような者達を、あっさりと退けていく。
「勝算のない策・・・妲己は何を考えているのでしょう?」
「追い詰められた狐の考えることなど、想像するも容易」
意見を交わしながら敵を討ち取っていく陸遜と太公望を、は見ていた。
頭のいい人同士、考えが組み合えば気も合うのではないかと思う。
ものの数分も経たぬうちに伏兵を全て打ち倒す。
そのままの勢いで、門番も兼ねているだろう敵将と対峙した。
雑兵を払い、近くにある拠点を封鎖して。
「ここから先へは行かせねぇよ」
嫌な笑みを浮かべて武器を構えた敵に、も細剣を構え直す。
間合いはあまり変わらない、互いの得物。
少しずつ移動しながら相手の動きを窺っていたは、向こうが動いたのと同時に地を蹴った。
交錯する瞬間に一閃走ったのが見え、振り向きながらもう一閃。
胴の一部と足元を薙がれ、敵は体勢を崩していた。
そこに別方向から交差する一対の剣筋が通る。
完全に倒れこんだ敵将の向こうには、陸遜が居た。
「ありがとうございます」
延ばされた陸遜の手を取って、はしっかりと立ち上がった。
その間に太公望は門の前まで進んでいて。
その後姿に二人は歩いていく。
すると、待っていましたとばかりに、大きな門は口を開けた。
確かにその先にあった筈の気配は消えていて。
がらんとした空間が広がっているだけだった。
二箇所ある門も、しっかりと閉じられていて―――
「妲己様の下へは行かせねぇぞ」
突然声が聞こえたかと思えば、敵将と数人の兵が現れた。
何もない場所だったところへ、本当に一瞬の出来事で。
これも彼女達が操る術の一種なのか、と思う。
「いえ―――行かせて頂きますわ」
このような所で足止めされるわけにはいかない。
何としてでも妲己を捕まえなくては、後々恐ろしいことが起こる。
そんな予感が誰の中にも生まれていた。
数の少なかった兵を倒せば、直ぐに敵将だけが孤立した。
太公望の攻撃で大きな玉のようなものが落ちてくると、と陸遜は同時に走り込む。
どぉん、と大きな音を発てて落ちたそれに敵が呆然としているところへ。
気を取り直す暇を与えず、両側から斬り込んだ。
三本の線が走ったように見えれば、敵将は地に沈んでいた。
跡形なく崩れていくのを見届けて、門が開くのを待つ。
その間に送られてきた伝令によれば、妲己は誰か少女を連れているらしい。
「誰なのでしょうね、その少女というのは・・・・・・」
呟いた陸遜に、は首を傾げるだけ。
けれど太公望は何かを知っている風ではあった。
何も言おうとはしないけれど。
「分かりません。ですが―――何か、大きな力を感じますわ」
妲己から感じるものとは少し違う。
けれどとても大きな力を、はどこか感じ取っていた。
似ているけれども、違う、もっと特殊な感じの。
そうしていると、がこんと音がして扉が開いた。
ただし、こちらへどうぞ、と促されているように、片方だけ。
その事実に少し難しい顔をしたは、追いついて来ていた副将に声を掛ける。
小さな声で一言二言伝えたと思うと、直ぐに向き直った。
「行くか」
太公望の言葉に頷いて、三人は足を踏み出した。
「これはこれは、面白い光景だ」
くつくつ笑っている太公望が見ているのは、落ちてくる岩に翻弄されている味方の兵士だ。
坂の上から転がってくる場所の検討が付かず、砕け散ると破片を避けるのが難しい。
「笑い事ではないと思いますが」
思わずそんな太公望に突っ込んだのは、陸遜だ。
敵兵も一緒に押し潰されてはいるが、味方に被害が出ているものは止めなくてはいけない。
例え、その見ているものが楽しくても、だ。
「分かっている。早急に術者を探し出して討てばいい」
「付近にはそういう力は感じられませんわね。恐らく、あの扉の向こうでしょう」
が指し示したのは、坂の更に先にある扉だ。
それもぴったりと閉じられているから、その手前に守っているものが居る筈。
どちらにせよ、この落石を突破して登り切らなければいけない。
行きましょう、と陸遜が言って、三人同時に走り出す。
先程、暫く見ていたから落ちてくる筋や速さは把握できている。
あとはその途中に立っている敵兵の相手をしながら避けていけばいい。
するするりと見事に避けて坂の頂上まで辿り着く。
そこには予想通り門を守っている敵将と兵が居た。
「ちっ、もうここまで来やがったか」
そう呟く将は、仕掛けてくる。
それを跳んで避けると、まずは兵から倒しに掛かった。
どうやら妖術師も混ざっているらしく、冷気が飛び交っている。
そこに居た敵を全て倒し、扉が開くのを待った。
その中からは妲己や少女のものと思われる気配が伝わってくる。
その大きな力がふっと消えたと思えば、扉は開いた。
「―――先生ならば―――」
中に入れば直ぐに落石を操っている術者は見付かった。
放たれてくる冷気に当たらないようにして、間合いを詰める。
倒してしまえば、外から聞こえてきていた岩の音は消えた。
以外に兵が集中していたそこで、三人は得物を振るう。
その間に一度陸遜と背中を合わせる状態になったは、ぽつりと呟かれた言葉を聞いた。
(―――――――)
一瞬過ぎった考えを、頭を振って追い払う。
いまは余計なことを考えるより、目の前の敵に当たらなければ。
頭の中を切り替えて、間合いを詰めてきていた兵を斬り付けた。
そうやって雑兵を相手にしていると陸遜を余所に、太公望は敵将と向き合っていた。
門を通りたければ、と仕掛けてきたその将に笑みを絶やさない。
口角だけを器用に吊り上げた、嘲笑う笑みを。
(以外に、数が多いですわ)
倒しても倒しても減らない敵に、は苦笑する。
相当な数を倒して包囲を解くと、奥まったところに拠点があるのを発見して。
あの場を封鎖しなければ兵は補充されるだけだ、と足を向ける。
少し離れた場所に立っていた陸遜に目を遣ると、視線が交わって。
考えていることが分かっているように、陸遜は頷いた。
二人の意思が疎通しているのを、戦いの中で太公望は感じていて。
まだ理解できない域にあるそれを、笑って見ていた。
「何がおかしい!?」
「いや・・・何だと思う?」
笑ったことに腹を立てたのか、敵将が食って掛かるのをあしらう。
別にその将を笑ったわけではないのだが、相手にそんなことは関係ない。
自尊心を傷つけられたような気がしたのだろう。
怒りで勢いを増して、太公望に斬りかかる。
その一撃を避け、しゅっと得物を一振りすると、その敵将はきれいに裂かれていた。
開いた扉を潜り抜けると、今度は下り坂の先に扉があった。
その前に敵は居るみたいだが、そこまでは無人。
明らかに警戒しなければいけなかった。
いまでも誘われるようにして妲己の下へ進んでいるのだから。
坂の近くまで近寄ると、案の定伏兵が現れた。
それも始めのように少数で、あまり意味を見出せないくらいのもの。
やるだけ無駄だが取り敢えず出しておこう、とそんな風な気がしないでもない。
牢人や傾奇者の混ざった伏兵は、三人に掛かれば撃破に時間は掛からなかった。
力に圧されてしまうは牢人の相手を受け持ち。
太公望と陸遜で傾奇者の相手をしていた。
力は強いが速さで上回る三人は、難なく全員を倒していた。
一応出しました、という伏兵は足止めには役に立たない。
そのままの勢いで扉の前に佇んでいる敵将と向き合う形になる。
お決まりのように投げ掛けてくる台詞は、もう聞き飽きたものだった。
戦闘体制に入ってしまえば、三人は離れて戦う。
陸遜との得物は剣で、間合いはそれほど広くない。
だが太公望の得物は、広範囲にも適しているもので。
その間合いに入ってしまわないように、自然と離れるのだ。
そして陸遜との二人は背を守るようにして戦うので、二手に分かれている状態になる。
「―――――ば・・・・・・」
(・・・・・・?)
また背中合わせになったとき、の耳に陸遜の声が入ってきた。
小さ過ぎてよく聞き取れないくらいのもの。
それに気を取られるも、すぐに我に返る。
敵を倒しながらも、ぶつぶつと陸遜は何か考え込んでいるようだった。
「貴様ら如きにっ」
悔しそうな敵将の呟きが、風に流されて消える。
辺りはすっかり敵も居なくなり、味方だけが立っていた。
また、扉が開いて道が続くのを待つことになる。
「この状況、諸葛亮先生ならどうお考えになるだろう・・・」
扉の前で、陸遜がそう零す。
先程から考えていたのが、それだと分かったときは口を開いていた。
もう、それは無意識に。
「この場に居られない方の考えを推測しても、仕方のないことですわ」
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